「ごちそうさまっス」 「ん」
あまり食欲ないなんて言っといて、綺麗に完食してしまった。無理に全部食べなくていいとは言ったけど、気を遣わせちゃったかな…。食器を下げて戻ってくると、黄瀬はぐったりと寝転んでいた。
「病院行きなよ」 「…明日下がんなかったら行く」 「何度あるの」 「…7度後半」 「…仕事休めないなら部活休むとかしなよ」
枕に顔を埋めていた黄瀬がむくりと顔を上げたので、カレンダー見た、と言うとああ、と抑揚のない返事が返ってきた。あんな忙しいもんなんだ、モデルってのは。部活でも期待されて仕事でも期待されてって、大変なのもプレッシャーあるのもわかるけど、それでもそんな体調で両立なんて無理でしょ。
「今、ちょうど忙しい時期なんスよ。インハイ予選もあるし、仕事も波きてて」 「…だからって身体壊してどーすんだよ。めちゃくちゃ忙しいんだろうけど、体調管理くらいしっかりしなよ」 「ん」
再び枕に顔を埋め、くぐもった声を出す黄瀬。…だめだこれ、相当弱ってる。いつもならなんかしら挑発してきたり、無駄に触れてきたりするはずなのに、今はそれが全くない。そんなに具合悪いならマジで病院行けよ。 枕に突っ伏したままの黄瀬が、小さく溜め息を吐いた。
「メールでも言ったけど、昨日、ごめん」 「だから別に、」 「身体しんどくて機嫌悪かった」 「子供かよ…」 「…あんたが、他の女と同じかもって思ったら、なんかムカついた」 「……うざいかもしんないから、聞き流してくれていいんだけどさ」
黄瀬の顔色は見えないけど、きっと今、あの時と同じ顔をしてるから。寂しくて、悲しくて、泣きそうな、あの表情をしてるはずだから。あんな顔をされては、いくら私でもほっとけない。
「黄瀬はさ、寂しいんじゃないの」 「…」 「見た目だけで騒がれたりとか、才能ばっかに期待されたりとか。黄瀬自身のこと見てくれる人、いるのか不安なんじゃない」 「…」
私の推測なんて全然保証はないけれど、きっと黄瀬は、愛に飢えてる。今までコイツがどんな生活をしてきたのかなんて知らないし、詳しいことなんて全然わかんないけど、あの目は、あの顔は、きっと愛情を求めてるんだと思う。
「まあ、見当違いなこと言ってるかもしんないけど。でもさ、あんたのこと見てる人、ちゃんといるんじゃない」 「、え」
今日ここへ来る前、体育館横を通った時。男バスの人たちから紡がれる言葉は、確実にコイツへの愛情が感じられた。
『黄瀬風邪らしいぜ』 『マジで?大丈夫かよ』 『だいぶ無茶してっからな。仕事も忙しいみてーだし』 『あとで電話してやろっかな』 『やめとけ、休める時に休ませてやろーぜ』
「…だから、大丈夫だよ」 「…ん」
布団の中からするりと伸びてきた黄瀬の腕が、私の手を掴んだ。かなり熱い汗ばんだ掌が、強い力で私の手を握る。…やっぱり、コイツは寂しかったんだな。ゆっくりと頭を撫でてやると、静かに寝息が聞こえてきた。
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