「一本!」


竹刀で腹部を叩かれ、私の負けが決まる。今日は剣術の稽古の日だ。武州にいた頃からある程度剣術はやっていたからそれなりに自信はあったのに、今日は全くうまくいかない。どうしても集中出来ないのだ。原因はもちろん、昨日の出来事。


"俺ァ寿乃も、他の女も貰う気はねーぜ"


いつものどうでもよさそうな感じじゃなくて、冷たい目で、低い声でそう言い放った総悟。あれはふざけてるわけでも、私をいじめて楽しんでるわけでもない。本気で、言ったのだ。


「…っ」


稽古なんてつけてもらえるような状態じゃなくて、とりあえず道場を出る。日光を避けるように道場の陰に隠れて膝を抱え、顔を埋めた。


自惚れていた。
総悟の優しさに、少しでも期待してしまっていた自分がいたのだ。総悟が私に優しいのは、幼なじみだからという以外に理由はないのに。私を特別に思ってくれているわけじゃないのに。

何を期待していたんだろう。想っていたのは、私だけだった。


「寿乃」
「…土方さん」


稽古をつけてくれていた土方さんが、道場から出てきて私を呼ぶ。顔を上げればいつものように瞳孔の開いた瞳でこちらを見下ろしていた。けれどこの目は怒ってるわけじゃない。私を、心配してくれている。


「調子悪いのか」
「…すみません」
「謝ってほしいわけじゃねーんだよ俺は。いつものお前ならあいつにくらい勝てただろ。何があった」
「……本当に、大丈夫です。勝手に抜けてすみません、今戻ります」


何もない、なんて言ったって、そんなわけないことは誰が見たってわかる。下手に嘘をつくのも失礼だと思い、大丈夫とだけ言って立ち上がった。
こんな個人的なゴタゴタで稽古をサボるなんて土方さんに失礼だよね。真選組一隊士として、公私混同はしないようにしなくちゃ。


「…まァ、言いたくねーなら無理に言う必要はねえよ」
「…ありがとうございます」


勘のいい土方さんのことだから、きっと総悟関連のことだというのは気付いてる。それでも深くは追求しないでくれるあたり、やっぱり人の気持ちも周りの空気も読める人なんだなあ。


「…寿乃」
「はい」
「…いつまでも抱えてるといつかぶっ壊れるぜ。気が向いたら吐き出せ」
「…はい」


こちらを見ずに背中を向けたまま、ぼそりとこぼす土方さん。本当に、この人は優しい人だ。いつも私のことを思ってくれて、頼りになって、私のお兄ちゃんみたいな存在。…もし私がこの人を好きになってたら、何か違ったのかな。

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