止められない記憶の劣化




「…おい」


夜に1人でコンビニに行こうと足を進めていると、不意に後ろから声をかけられて立ち止まった。


聞き慣れてないようで、聞き慣れてるその声に小さく息を吐いてからゆっくり振り返ると小さく手をあげている奴と目があった。


「よっ!」


『…相変わらず元気ですねー。無駄に』


こんな遅くにハイテンションで道を歩いてる女の子に声をかけるとか、奴を知らなかったら本当にただの不審者だよね。


「相変わらず冷たいなー、お前は」



冷たくしてるのになんでそんなに笑顔なのさ。

また小さくため息をつくと、ふわりと風が吹いて前髪が揺れた。



「ははっ。お前の前髪、見事にくしゃくしゃだな!」


『あんたの前髪もくしゃくしゃだって』


「いや、俺のはセットしてあるだけだ!…って言うか、俺はあんたじゃなくて、檜佐木修兵だって言ってるだろ?」


自分だって私の事、名前で呼んでないくせに。
なんて思いながらもそれを声に出さないで飲み込んで、じとっと横目で彼を見てみたけどやっぱり弾けるような笑顔で笑ってた。



「大体お前なー、こんな時間に1人でどこ行くんだ?」


『どこって、コンビニだけど?』


もう少し先に見えてるコンビニを指差して言う私に腕を組む彼。


『どうしたの?』


しばらくうーん。と小さな声を出してる彼の横顔に呟くと、その声が消えると同時にふわりと風が吹いた気がした。



「現世の女はよく分からないが、危ない奴が居るかも知れないんだから気をつけろよ?」


ふわりと吹いた風は、彼の手のひらを私の頭へと運んだ風だった。


分かったか?
なんて言いながらまた笑う修兵。

くしゃりと撫でる優しい手のひら。



「だからとにかく気をつけろよ?」


返事を返さない私を不思議に思ったのか顔を覗き込む修兵に私は、小さく頷いた。


『…分かった、よ』


慌ただしくなった心臓の音を隠すように可愛くない返事を返してみたけど、やっぱり心臓の音は収まりそうにないなぁ。



「よーし、今日は俺が送ってやるよ!」


『え、いや、良いって…忙しいんでしょ?』


何故か私には見えてるし、触れる事も出来るけど彼は死神。
だから私には分からないような仕事があるハズだもん。

そう頭で分かりながらも、ほんとはもっと一緒に居たいなんて。
でもダメなのに、そんな事望んだら。

彼とは生きる世界が、違うから。


「今は別に何もな……」

そこで彼の言葉が止まってしまうのは初めてじゃなかったから、私は修兵の肩に手を置いた。


『ほら、やっぱり忙しいんでしょ?私、もう帰るし大丈夫だからいってきなって』


今日初めて真っ直ぐに彼を見て笑うと、彼は申し訳なさそうに眉を下げてからポンっとまた一度私の頭に手をおいた。



「ほんとに悪い。気をつけて帰れよ!またな!」


スッと音もなく闇の中に消えた彼の姿。
さっきまですぐそばに居たハズなのにそこにはもう誰も居ない。


少し乱れた前髪を元に戻そうとしたけど、なんとなくやめてコンビニに背を向けてもと来た道に足を向けた。




止められない記憶の劣化
(せめて、今は君と、なんて)



わたしのすべて様に提出。
ありがとうございました!

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