■ つまるところ、僕は『権現』なのさ。

もし天下取りや謀反など、彼が望んだことではなく、周りがそうさせたのだとしたら。

彼は、全てが終わったとき、やっと泣くことが許されるんじゃないだろうか。


「…まぁ、わしは泣かないが。」

「家康ー、遅刻するわよー」

「あ、はーい!今いく!」


制服にはもう着替えていたので、鞄を持って親のいる1階へと降りていく。それからさっさと朝食を済まして家を出た。


「いってくる!」

「はいはいいってらっしゃい。忘れ物は?」

「ない!…と思う」

「あっても今日仕事だから、届けられないからね?」

「わかってるって、無理はするなよ?いってきます!」

「ふふ、いってらっしゃい」


自転車に跨り、いつものように出発する。そうそう言い忘れてたけど、今は平和な平和な時代。戦争に負けて平和になった、日本。

そこに俺は、また徳川家康として生きていた。
学パロというものだろう。たぶん皆もここにいるんじゃないだろうか?

ん?なぜ確かじゃないのかって?それは、まぁ、俺が婆裟羅学園に通ってないからとしか言えないな。もう、かかわりたくないんだ。


「…ってやばいな…本当に遅刻しそうだ。」


別にいいんだけど。今までもそこそこに遅刻してるし。まぁそんなわけだから言葉と違って自転車のスピードを速めるわけでもなければ急ぎもしていない。あ、信号赤だ。
目の前をびゅんびゅん通っていく自動車に視線を向ける。あー免許欲しい。

そんなことを思いながら信号が青になっているのを待っていると、背後から名前を呼ばれたのがわかった。

…聞いた覚えのない声…いや正確にはあるんだが…まぁ現世では1回も聞いたことがないから無視しようそうしよう。
声を無視して、信号が青になったことをいいことに渡ろうとすれば、首根っこを後ろからとっつかまえられた。ぐぇ。へんな声でた。


「ぐ…なんなんだ?一体…」


眉を寄せながら後ろを振り向けば、そこには見慣れた…見慣れていた、銀。そうか、きみには記憶があるのか。いや、きみらにはの間違いだろうか。まぁどうでもいいか。

睨みを利かせてくる銀に困惑の表情を向ける。なぜって、だって初対面だろう?初対面の人間にこんなことされたら、誰でもこうなるさ。


「あ、えっと…?」

「…家康、貴様…なぜこんなところにいる」

「は?」

「まぁ貴様がなぜこんなところにいるかなどどうでもいい…家康、」

「…?」

「私に残滅されろおおおおお!」


どこから取り出したのか、いやずっと持っていたのか。竹刀を俺に向けて振ってくる銀。…普通に見えるけど、“普通”は見えないから、無抵抗でいようと思う。

パシィンッと、竹刀が当たり、当たった場所が痛くてしゃがみこむ。別に斬られるよりは痛くないけど、ほら、久々だからな。やっぱり痛い。


「っっ…」

「…なにをしている家康。立て。私への同情のつもりか?」

「な、なにが…」

「ならばいい…死ね」

「な、ちょ…っ待て!」


お前は初対面の人間に暴力を振るうのか!…いや、たぶん今まで会ってきたやつらが全員記憶持ちだから俺もだと思ったんだろうな。うん。理解は簡単にできる。けれど、のってやるきなど毛頭ない。

バッと手を前に突き出せば一応は止まってくれる銀。優しいんだかやさしくないんだかわからんぞ、それじゃあ。


「なんだ家康、謝罪なら秀吉様へ言え!」

「まままま待ってくれ!謝罪!?なんで俺が!大体…お前は誰だ!?」

「…は?」


今度は銀が驚く番だった。そりゃそうか、前世でずっと恨んでて結局殺されて、現世でも記憶があったということはずっと俺のこと覚えてたわけだもんな。そんな憎しみの対象に覚えられてないなんて、信じたくないよな。むかつくよな。

でも、もう俺はお前とは…お前等とかかわる気は一切ないんだよね。


「さっきから俺の名前を知っているようだが…一体誰なんだ?知り合いか?どこかで会ったか?会っていたならすまない。だが、本当に覚えないんだ。」

「…ざ、れごとを…!貴様!私を忘れたというのか!!」

「だから誰なんだって!」


竹刀を向けながら叫ぶ銀は、かなり煩い。ぶっちゃけかなり目立っているんだが。というか本気でこれ遅刻だな…。

戸惑いながら対応していれば、助け…とは全くいえない軍団がやってきた。


「Ah?石田じゃねぇか。何してやがんだ?」

「やや、あれは徳川殿では…?」

「あァン?…本当じゃねぇか。やっと見つけたぜ家康ゥ!」


ばたばたとやってくる集団は、もう見たくも無かった人たちばかりで。懐かしいなぁみたいに声をかけてくる奴等に、さっさと絶望を与えてしまおう。さっきクラスメイトがこっちをちらみしていったからきっと先生には伝えてくれているはずだ。ああ早く学校行きたいなんて思う日がくるとは思わなかった。

戸惑った表情のまま、笑顔でいる彼等に、言葉を吐いた。


「…誰だ?」


その一言。たった一言だけだが、絶望させるには十分だったらしい。笑顔が消えて理解ができないといった3人に気づかないふりをしながら、また言葉を繋ぐ。


「さっきからどうも俺のことを知っているようだが…すまない。覚えがないんだ。お前の知り合いか?」

「…Oh、joke…じゃ、ねぇのか…?」

「お前等俺といつどこで知り合ったんだ?小学校か?幼稚園か?中学校か?…悪いんだが記憶にない…他のクラスか?」

「…家康、嘘だろ…?」

「…覚えてない。それが俺の答えだ。…じゃあ、遅刻するから俺は行くぞ」


信号が青になっているのを見計らって、話を切り上げる。自転車を漕いでしまえばこちらのものだ。さっさとその場から立ち去った。

背後で困惑の表情を浮かべる彼等に見えぬよう、嘲笑いを送りながら。



覚えてないよ
(まぁ普通に考えて)
(記憶があること事態異常なのだが)



***
とりあえず権現シリーズはここまでです。これ以上書けなくなってこっちの部屋にポイさせていただいたものです。
思いついたらまたここの色々部屋にポイすると思いますが、催促されても思いつかないものは思いつかないのでこの先は勝手にご想像ください。

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