■ 『彼』は受け入れられなかった
とある1人の男性は、それはとても優しい子でした。人を傷つけられないくらい優しい子でした。自分がどれだけ傷ついても、傷つけられない優しい子でした。
でも、その子はとある事件に巻き込まれ、他人に生まれ変わり、人を殺さぬと生きていけぬ世にきてしまいました。
男性はそんな世を否定しました。
男性はそんな世を恐怖しました。
男性はそんな世を嫌悪しました。
男性はそんな世に涙しました。
男性はそんな世に怒りました。
男性はそんな世に、慣れることはできませんでした。
男性は身分の違いになれませんでした男性は人を殺せませんでした男性は平気で殺す人が理解できませんでした男性は血を怖がりました男性は死体を怖がりました男性は人を怖がりました男性は刃物を怖がりました男性は戦を怖がりました男性は理不尽を憎みました男性は自分の力不足で人が死ぬのを怖がりました男性は弱い己を呪いました男性はもうなにがなんだかわからなくなりました男性は裏切りを経験しました男性は毒を盛られることを経験しました男性は人の死を経験しました男性は男性は男性は。
男性は、もう壊れそうでした。
『怖いよ』
男性は泣きながらいいました。
『辛いよ』
男性は叫びながらいいました。
『おかしいよ』
男性は喚きながらいいました。
『殺したくない』
男性は縋りつきながらいいました。
『傷つけたくない』
男性は崩れ落ちながらいいました。
『死にたくない』
男性は壊れたようにいいました。
『帰りたい』
男性は、願いました。
『だめだよ』
そう、“男”は男性に告げました。
『怖いなら、目を瞑ってしまえばいい』
『辛いなら、知らないふりをしてしまえばいい』
『おかしいなら、放っておけばいい』
『殺したくないなら、殺さなくていい』
『傷つけなくて良い』
『死なないでくれ』
“男”は、男性の言葉に全て逃げを作ってくれました。
でも、
『帰るのだけは、だめなんだ。』
“男”は泣きじゃくる男性に、悲しい目でいいました。男性は、また泣きました。“男”は、そんな男性を慰めるでもなく、ただただ見ていました。悲しそうな、可哀想な目で。ただただ見ていました。
『殺したくないんだ』
『でも、殺さなきゃいけないんだ』
『怖いよ』
『辛いよ』
『誰も傷つけたくないよ』
『裏切りなんて怖いだけだよ』
『人が、怖いよ』
男性が言うたびに、“男”は悲しそうな顔をしました。
“男”は、座り込んでいる男性に目線を合わせるようにしゃがみこみ、いいました。
『大丈夫』
『大丈夫だよ』
『何も心配しなくていい』
『怖い思いも』
『辛い思いもしなくていい』
『裏切りだけは、どうしようもないけど』
『お前はお前の誇りを持って生きていればいい』
『人は、宝だよ』
泣きそうな笑顔で、“男”は男性に言い聞かせる。男性は、小さく、涙を零して、
『ごめん』
とだけ言った。
“男”は、最後まで、笑っていた。
『彼』は受け入れられなかった
(ごめん、ごめんなさい)
(弱くてごめんなさい逃げてごめんなさい)
(ごめん、ごめんね)
(僕は自分のためにきみを傷つけるよ)
((
権現、ごめんなさい。ありがとう。))
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