虹村くんと! | ナノ



今日も今日とて、太陽が明るく輝き、雲もおだやかに風に吹かれ流れるような平日。るんるんと鼻歌をうたいながら廊下を歩いていると、なにやら周囲が少しざわめかしい。奏でていた鼻歌をやめ、ひょっこりと曲がり角から頭を出してみると、なるほどこれは。ざわめきの根源を理解した。

「おや一年生」
「あなたは確か…」
「あー、はちみつレモンだぁー」

ひとりの言葉を遮って、やけに間延びした口調の大きな子にゆびを指される。残念なことに私ははちみつレモンを持ってもいなければ、はちみつレモンという名前でもないぞ少年よ。
まぁ、そういう話をしているのではないのだろう。ざわついている二年生を一ミリたりとも気にせずに突っ立っている一年生ふたりの元へと駆け寄ってみると、改めてサイズの差をまじまじと感じさせられた。

「紫原、先輩をつけろ」
「はちみつレモン先輩ぃ?」
「はちみつレモンから離れよっか、加藤ね」
「え〜、はちみつレモンはぁ〜?」
「紫原」
「いつでも持ってきてるわけじゃないんだけど…作ってきたのなんでバレてるの…」

はちみつレモン〜、と未だにダダをこねているおっきな少年こと紫原くん。本当にどうしてバレたのか。ちなみに彼は私がはちみつレモンを持ってきていないときは、お菓子を要求してくる。本当に謎だ。
けれども今教室の私のカバンの中に鎮座しているはちみつレモンは、間違っても今、彼に渡すために作ってきたものではない。

「ところで、ふたりはなんでこんなところに?」
「ああ…実は虹村先輩に用事があったのですが…」
「え、虹村くん?虹村くんなら用事あるからって一年の教室行くって言ってたけど」
「え」

ぴたり、と固まるちっさな少年こと赤司くん。ちっさなって言ったけれど、比較対象が紫原くんだからであり、彼は普通に大きい。そこんところは誤解しないでいただきたい。
ぴったり三秒ほど固ると、彼は深くため息をひとつ。「俺が行くと言ったのに、あの人は…」と小さく呟いたあたり、きっと今回は虹村くんが悪いのだろう。

「まぁ、どうせ一年の教室にいないってわかったら戻ってくると思うし、待ってれば?」
「入れ違いになるのが一番効率悪いですし…そうさせてもらいます」
「えー、じゃあここでお弁当食べるしー」
「おい、紫原」

言うないなや、どこからともなくパンを取り出して袋を開けている紫原くんに一応注意を入れた赤司くんだったけれど、もう我慢の限界らしい彼はもさもさとパンを頬張っている。さすが廊下でもお菓子を食べ歩きする彼だ。二年の廊下だろうとさほど気にしないらしい。

「ちょっと加藤、どうせなら教室入れてやりなさいよ」
「どうせ虹村戻ってくるんだし、なら教室で平然と食って驚かせようぜ!」
「いえ、わざわざ教室に入るのは…」
「いいからいいから、ここ座って」
「加藤、あんたどうせご飯余計に作ってんでしょ?あげなよ」
「余計じゃないよ、おやつだよ!」
「おにぎりをおやつとは言わないわー」

からからと笑いながら勝手に私のカバンからおにぎりを取り出し、食べるものを持ってきていない赤司くんに渡すクラスメイトたちよ。赤司くんが困っているからやめてさしあげなさいな。
なんて、どうせ言ったところで聞いてもらえないのはとっくの昔に理解していたので、困った様子を見せる赤司くんに、黙祷をひとつ捧げたのであった。

教室に戻ってきた虹村くんが驚いたのは、言うまでもない。