虹村くんと! | ナノ



ことこととお鍋が音を立てて揺れている。蓋の締まりきったそれは蒸気をふわふわと出しているだけで、それ以上のことは起こっていない。お湯が吹き出すまでの間に、と包丁を使ってとんとんと材料を切っていく。フライパンを持ち上げて油を注ぎ、切った材料をぱらぱらと放る。ぱちぱちと油のはねる音を聞きながらも、フライパンをひるがえす。

じゅわあ、とお湯を吹きこぼした鍋の音と、フライパンの焼ける音が、重なった。



「というわけで今日のお弁当はすきやきです」
「まってお弁当にチョイスするものじゃないんだけど」

ぱかりと蓋をあければ、既にたまごと和えてあるすきやき弁当が顔をだす。おいしそうな肉の香りに思わず男子が振り向き、おお、と言葉をこぼすのをなんとも誇らしげに受け取ったあと、そのまま私は豪快にお弁当を口につけながら、ほおばった。

「いい食べっぷりだこと」
「我ながらとてもうまい」
「見てたら私も食べたくなってきた…たまごやきあげるから一口」
「仕方ないなぁ」

差し出されたたまごやきをぱくりとほおばりながら、寛大なる私も肉とご飯を包んで一口彼女にやる。ぱくり、とほおばった彼女はおいしそうに顔をゆるませた。

「やっぱあんたのご飯おいしい」
「ウッチーのたまごやきもすごいおいしい」
「今日は酒入れてみた」
「どおりで臭いと思った、おいしいけど」

けらけらと笑うウッチーから目を離し、弁当をほおばる。いい感じに時間が経ち、ごはんに美味しく味が付いている。
もぐもぐと無心で肉のありがたみを感じながら食べ進めていると、ガラリと教室の扉が開く音がする。思わず視線をやれば、虹村くんが疲れた表情で教室に入ってきた。

「よぉ虹村、昼これから?」
「バスケ部主将とか大変そうだなー、昼休みまで部活の話したくねー…」
「てめーらも主将なっちまえ、くそ」

がたんっと少し大きめに音を立てて、乱暴に椅子に腰掛ける虹村くんを横目で見る。どうやら食堂に行く気力もなさそうな彼は持ってきたらしいパンを鞄から取り出している。
ころころといくつか取り出されたパンと、私のお弁当。別にあげはしないけれど、なんだか労わりたくなってきた。だがしかし私はこの肉を譲るつもりはない。

「……あ、そうだ」
「ん?」
「デザートに持ってきたおにぎりあげるよ虹村くーん!」
「まってあんたデザートおにぎりってどういうこと」

鞄からラップに包まれたおにぎりを取り出して放り投げる。声に反応したらしい虹村くんは弧を描いて落ちてきたおにぎりを危うげなくキャッチして、そのまま、嬉しそうに笑った。

「さんきゅ」
「虹村だけずりー」
「加藤、俺には?俺には?」
「2年生で主将やったらあげるよ」
「無理に決まってんだろ…」

そのまま項垂れるのをしりめに、さっそくと言わんばかりにラップをはずしておにぎりをほおばっている虹村くん。実は今日のごはん、少し時間が経っていたからチャーハンにしてたんだけど、お気にめしたらしい。よかったよかった。

「うまい?」
「うまい」

幸せそうにチャーハンのおにぎりをむさぼっている虹村くんにあてられてか、そのまま虹村くんのところに女子がお菓子を投げてよこすのは、もうちょっとあとの話。