ごろり、と転がってみる。すうっと息を吸えば広がるのは畳の香り。あーなんだか平和だなあ、なんて思ってる暇も本当はないはずなんだけど。 だってここは戦国時代。いつどこで戦や一揆が起こるかもわからないそんな時代。今こうして俺様が寝腐ってる間にも戦いは起こっていて、貧困で死に絶えている人がいる。そんな時代で、って。考えてみればあまり起こってることは俺様が元々いた時代でも変わってねーや。近いか、遠いか程度の違いじゃあないか。ならやっぱり知らんぷりして暇を噛み締めているほうがずっと平和で楽じゃん。はーやれやれ。そうとわかったらこのまま寝ちまおーっと。
「仕事をしてくだされ、主殿」
「ゲブッ!」
大の字を描くように転がって、そのまま瞼を閉じようとしたときにやってきた衝撃。空気の逆流する感じを受け止め、そのまま吐き出しながらそこ―腹を押さえつけて別方向に寝転がれば、絶対零度と言えそうな瞳は再度こちらを射抜いてきた。
「かようなところで暇を弄び自堕落に過ごすとは武士の風上にもおけませぬぞ、主殿」
「っ〜〜だからって何も鳩尾に一発くれなくてもよくなァいッ!?」
「隙を見せるなど、例え休息をとっている時であろうと以ての外ッ!主殿は稽古が事足りないものと見える、倍に増やさせて頂きましょうぞ」
「はァッ!?あのわけのわかんない量の稽古更に増やすとかジョーダンでしょッ!?っていうか俺様仮にもアンタの『主様』なんだからもっと優しく扱ってくれないと俺様泣いちゃうゥ!」
「気色悪いことを言っている元気があるのなら大丈夫でございまするな、才蔵。すぐに稽古の準備を。」
「はっ、承知致しました。幸村長。」
「ちょっ、嘘だろーッ!?」
一瞬で現れて一瞬で消えやがった才蔵を止められる術は生憎、“武士”の俺様には持ち得なかった。 もう一度考え直してもらえないか、という意思を込めて未だ立ちはだかる赤色―俺様直属の“忍”である、猿飛幸村を見やる。
けれどもまぁなんというか、いつものことと言うべきか。武士よりも武士らしい考えを真として生きている目の前の存在にそんな甘いこと通用するわけもなく。
「こんなもので根を上げるようではお館様の後ろにはつけませぬぞ!真田佐助の名に恥じぬよう強くなるのだ、主殿!」
ぐっと拳を握り締めて力説する幸村に呆れた視線を送るのも、もう手馴れてしまった。生きてきてそれこそこの一連の流れは定番と化してしまっているのだ。もうツッコミを入れるのも面倒くさい。本音を言えば俺様を巻き込まずに殴り愛でもなんでもやってくれればいいのにと言ったところだが、生憎地位がそれを許しはしない。あのお館様ならたかだか一忍に殴られたところで毛ほども気には止めないのだろうけれど、世間対が許さない。それを解っているからこそ、この幸村は俺様を強くする。共に立てないからこそ、共に立てる武器を仕立て上げる。ここまで行くともう上司愛を通り越した、狂信者のようだ。なぁんて、いずれどっかの未来で叫ぶ凶王様のようになるほど、この旦那はイカレちゃァいないけどね。
「………ねえ、俺様の名前、もう一回呼んでくれない?」
「…、……気でも触れましたか主殿」
「失礼な野郎だなァッ!いいから!ほらワンモア!」
「わんもあはわかりませぬが…真田佐助殿、これで宜しいか」
「うん。で、アンタは猿飛幸村。俺様の忍、と」
「やはり気でも触れましたか主殿」
「だから失礼な野郎だなァ…ちょっと確認したくなっただァけ、最近の俺様の扱い本当に主様への扱いなのかってくらい酷いしさァ…」
「主殿がかようにおサボりになる故、この幸村誠心誠意込めて貴殿を立派な武士にしようと日々取り組んでいるのでござるが…」
「アハー、ものすっごく白々しいよその建前」
このおにちく忍者はやっぱり愛しい上司以外の前ではおなかのなかで飼ってるまっくろくろすけが笑ってやがる、というか俺様今のところずっとそのまっくろくろすけ以外に笑われたことないんだけど。本当に俺様はこの扱いで主様だというのか。お館様、いろいろと選択ミスじゃないっスかね。なんて、本人に言ったら笑い飛ばされるだろうけれど。
パサりと音を立てて、起き上がった畳の上に広がる緑色の着物を見つめる。そこには迷彩なんて柄は入っていなくて、本当にただの若草色をした着物だけが広がっていた。 身軽に動きやすい改造もしてなければ、速さに長けた格好でもない。紛れもない『人間』の格好をしながら、笑うのは狸か狐か。きっと誰も知らないのだろう。だってここは、こういう世界だ。最初こそびっくりしたけれど、そういう世界だと受け入れるしかない。色こそ若草色をしているだけで、迷彩柄の鎧なんてつけないし、武器が手裏剣だったり苦無だったりなんてしない。婆娑羅だって闇ではないし、なによりも、生まれてからずっと、『人間』だ。いくらでも踏みにじまれる草の心境を理解できなきゃ、経験したこともない。俺様はこの体の主が草の者だと知っているだけで、その経験は一切知らないのだ。だから俺様が本来は草の者だっただなんて、誰も知らない。知っていたらそいつはきっと同胞で、きっと、最大の敵になるのだろう。まぁそれも、この鬼畜な忍者がいればどうにでもなりそうだけれど。
真面目で真が通っている人間だろうと、所詮、『草』は『草』でしかないのだから。
真を守る猿と成り得て (さぁてところで、どうやって稽古を回避すべきか…)
+++ 見た目と名前はそのまんまで丸っきり立場が入れ替わったあれ。黒村様要素の濃い結果に。というかこの真田はお館様以外みんな考え方が黒い気がする。
どうでもいいですけど真田佐助って言いづらいですね。
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