式も終わり、クラス案内も終わり、連絡事項も終わった。親の元へと駆け寄っていく姿や、親に手を振っていながら周りの子と話す姿や。親が声をかけにくる姿だってある。ざっと見渡して、私と目が合う大人はいなかった。

「…そっか、親いないのか。私。」

確かにそれは、王道だよね。王道だったよね。けれど転入生じゃないのなら、いてもよかったと思うんだけど。一人で入学式とか、寂しいじゃないか。人目から隠れるようにスクールバックを手に取り、一応中を探る。内ポケットにひっそりと入っていた、黒い携帯は、懐かしいことにふたつ折りでアンテナまでついていた。さすがにアンテナは伸びないけれど、アンテナって。今の子に通じるんだろうか…あ、いや、まず今の子はこの話を見てないか…ってメタ話は置いておいて。

とにかくひっそりと存在していたそれは、ここで出すわけにはいかず、とりあえず逃げるように親に囲まれた子供たちから立ち去った。校門までぞろぞろと人がいるけれど、全く気にする様子なんて見せずに淡々と大股で歩く。校門を出たところで特に足は止めずに、けれどカバンからはさきほどの黒いそれ…携帯を、取り出した。

「家、まず家は…っと、」

久しぶりのボタンを押す感触に少し戸惑いながらも、的確にメールボックスを開いていく。共通フォルダに母とだけ書いてある未読メールが入っていたけれど、今必要なのはこれじゃないのでスルーする。過去を軽くさかのぼってみたけれど、目当てのものはない。それじゃあ、と思って戻ってみると、別途分けされたファイルが。開こうとすればパスワード画面が表示されてしまったけれど、これに関しては当時の性格からして誕生日を入力すれば………、うん。開いてしまった。単純明快だ。

「あ、あったあった。」

名前が一切表示されていない一通のメール。開いてみれば、簡潔に描かれた地図と住所。学校からはじまってるその写真を頼りに道を歩いていくけれど、まさか本当にあるとは。その地図はとりあえず保存して、母親からのメールを確認する。一番新しいものは未読のまま放置して、過去のをいくつか遡れば、なんとなく自分の生い立ちは理解できた。同時に、よくある話だとも思った。

「海外出勤、一人暮らし、お金は通帳に月一で振込まれる…か。親戚に預けるとかなかったのかなぁ、というか海外って今更だけど結構フラグ…いや、それならさすがに子供一人置いてってのはないか…」

ぐるぐると考えながら、組み立てていく。現状把握から今までのこと、これからのこと。
きっとまだ物語は動かない。きっとじゃない。確実に。だってまだ入学したてだ。これはきっと、準備期間。終わりを知っている物語にどう関わるかを決めるための、準備期間なのだ。

「…完結した物語にトリップって、どうなのよ。」

それも私の青春時代を全てついやしたと言っても過言ではない、思い出の、物語になんて。

「あーぁ…クソ、これが社畜へのご褒美だとか言ったら、ぶん殴ってやる」

誰をだ、と思わないでもない。形のないあれをだ、と返すしかない。想像上でしか存在しないあれを脳裏でめいいっぱい殴りつけてやる、と。心に密かにそう決めて、今を生きるためへの切り替えを、ついたらしい家を見つめながらはじめた。


 /