一粒だけこぼれ落ちた涙は、すぐに泡となり消えてゆく。知っていた。そんなことをしても、戻ることも覚めることもないのだと。知っていた。だから一粒だけ。もう、涙は流せない。それはプライドか、立ち向かうためか。どっちでもない。ただの、大人としての、恥からだ。汚い大人として根付いた、みっともない精神。
明日への未来を期待して、軽やかに、それでも緊張し強張る声を耳に通す。その複数が合わさって雑音と化しているその音に、遠い昔、大好きだった音が聞こえた。ああ、どうして。もう一度こぼれそうになる言葉をぐっと飲み込んで、息を吐く。知ってる音だからか、雑音に紛れず一際脳内に響くその音から、そっと視線を外した。きっと見たら、現実だと認めてしまうだろう。夢でもなんでもない、現実だと。それが少しだけ、まだ、こわい。もう少しだけ、待って欲しい。せめて、切り替えられる時間が。ああでも、同じクラスだから、時間も与えてもらえない。反対方向を向かなければ、今だって見えそうな位置にいるのに。

「………せめて、中学生ぐらいのときなら、なぁ」

呟いて、気づく。今から中学生やるってのに、何言ってんだか、と。なんだかおかしくて、乾いた笑みがこぼれ落ちた。まぁやっぱり、誰にも拾われることなんて、なかったけれど。

キーンコーン カーンコーン

ずっと昔、10年は昔に聞いていた音。久しぶりに聞いた気がするのに、この耳に馴染む感じはなんなんだろう。体に引きずられているのか、それとも…。いや、やめよう。無粋なことは。ガララ、と少し詰まるような鈍い音を響かせて開いたドアに教室が静まる。窓に向けていた視線を、ゆっくりと前に向かせた。

視界に映った黒髪に、幼い思いを抱きながら。


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