荷物を運んでもらって、そのまま帰らせるなんてことできないからせめて飲み物だけでも出して。部屋汚くなくて本当によかった、と思いながらも夢のようなひと時を過ごした。すごいだろ、みんな。これ私たち、友達でもなんでもないんだぜ。ただのクラスメイトなんだぜ…。自分で言ってて、悲しくなってきた。

それから帰ろうとする彼の背を見ながら、これからを考える。考えるというか、思い出す、と言ったほうがいいだろう。知っている。彼のこれからを、私は全て知っているのだ。さすがに10年後へと続く間になにがあったのかはわからないけれど、紙面へと記されていた全てを、私は全て記憶している。
だからこそ私は送らないと思っていた言葉を、届かないと理解しているこの言葉を、お礼を兼ねていうことにした。

「ねぇ、山本君」
「んー?」
「好きなことは、好きならそれでいいと思うんだ」

靴紐を結んでいた彼は、きょとんとした顔で振り向いた。あ、かわいい。じゃなくて。

「『好き』と『ならなきゃ』を、混合させちゃ、いけないと思うよ。」

もう一度、きちんと、言い聞かせる。彼は、ぼうっと言葉を受け取って、ゆっくりと処理をして。そして、どこか遠くを見ながら、へたくそに笑った。ああ、だめだこりゃ。やっぱり彼は、彼に言葉は届かない。当たり前、だ。だって彼には、誰が言おうと届かない。だってそれがなければ、繋がらないのだ。彼と主人公の間の絆が、出来上がらないのだ。知っていたからこそ、私はこれを、言う気がなかった。言ったのは、ほんの気まぐれ。お礼だなんて言ったけど、半分、下心があったりなかったり。傍観なんて言ったけれど、関わってるのは、私じゃないか。呆れて笑えば、彼も笑って、立ち上がる。ああ、すれちがい。

「じゃあ、また、学校で」
「うん、またね。ありがとう。」
「こちらこそ、な」

笑って出て行った彼の背中を見送りながら、思う。彼は飛び降りるだろうと。私はそこに、行かないのだろうと。屋上を思い浮かべながら、想像する。紙面通りのことが行われるそこに、私はいない。モブに紛れてなんかいない。落ちてくる彼を窓越しに見ることも、ないと。

次会うときは、また、いつもの調子で片手をあげながら、笑うのだろう。


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