「すいません…月奈、という人間をご存知でしょうか?」
急に声をかけてきたのは、いつのまにかそこにいた"彼"。
あれ、おかしいな。気配も何も感じなかったのに。というか、ここに普通になんて入ってこれないはずなのに。
色々疑問に思うことはあれど、なぜか俺は先程の質問に答えてしまっていた。
「月奈?…聞き覚えないなぁ、探し人?」
「いえいえ。そうですか…知りませんか。ありがとうございました、失礼します」
あ、待って、と声をかける前に
"彼"はもう、その場にはいなかった。
誰に聞いても、
「知らねーな」
どんなに聞いても、
「月奈?…んー覚えねーわ。すまねえな」「……知らねーよ、覚えもねえ」「知らない」「聞き覚えありませんね…あなたの大事な人ですか?」「月奈さん?いえ、知りませんね…」
深そうな人に聞いても、
「月奈?…いや、京子の友達にそんな名前のやつはいなかったな」「月奈…さん?うーん…ごめんね、知らないや」「月奈?いや、知らないわ」
知らない人に聞いても、
「ハッ」「うーん…聞き覚えねーな…」
情報を持ってる人に聞いても、
「月奈だぁ…?誰だそれぇ!」「誰それ?興味ないし」「知らないね」「聞いたことも食べたこともありませんー」「いや…そんな子会ったことねぇな…友達か?」
特異な力を持ってる人に聞いても、
「…?いや、知らねぇな」「うーん…知らないなぁ」
「月奈さん、ですか…?…いえ、わからないです…すいません」
知らない。
知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない。
だれも、しらない名前。
「…で?なんだ?そりゃテメーの知り合いかぁ?」
「いやあ…聞いておいてなんですが知らないんですよね、どこの誰だか…というか存在してるのかどうかさえも」
「はぁあ!?んだそりゃぁ!」
「耳元で叫ばないでください煩いです。…いやぁ、昔からなーんか知ってたんですよね。最近すっかり忘れてたけどまた思い出して…で、本当に知りません?誰だか」
「知るかぁ!んな曖昧すぎる奴なんざぁ!昔のアニメとか漫画のキャラクターじゃねぇのか?」
「かなぁ…?」
「それよりも新人!んなこと考えてる暇があったら腕を磨きやがれぇ!殺されてぇのか!」
「うわっ、もう先輩に殺されそうですよ。んじゃ、殺されちゃたまんないんでお部屋戻りまーす」
「訓練をしやがれえええええええ!」
ひらり、と先輩の攻撃を避けて自室へとこもる。
外で煩く叫んでいる声が聞こえるが彼は以外にも一番常識人なのでドアをぶち壊す、なんてことはしないだろう。…たぶん。
そのまま部屋の奥へと足を進め、机に座り、PCを起動させる。
「………月奈、沢田月奈。誰も、知らない…思い出せない、名前。」
一体、誰のことなんだろうなぁ。
小さく頭の隅でそんなことを考えるが、PCをやれば、すぐに忘れるような小ささだった。
落ちこぼれの大空
(ねえねえ)
(思い出せない名前のきみ)
(口にするたび、思うたび…なんだか変な感じがするんだけど、もしかして…)
(…いいや、そんな超漫画的展開あってたまるかって話かな…)
(………こんな、現実とゲームの区別がつかない世界にいながら、言うのもなんだけどね。)