昔に、一番最初に私を殺した人に対して書類を持ってこさせるだなんて、なんて皮肉なんだろうか。
「ボンゴレ10代目・沢田綱吉からの使いです。書類届けにきました。」
彼がノックをし、声をかけたところで中にいる人は無言を貫いたままだった。
いいから入っとけ、という彼の声に従ったまま、一応失礼しますと声だけはかけて扉を開けて部屋に入ったのだ。
この際に飛んできたグラスを防衛本能のまま手で床に叩きつけてしまったのは仕方ないことだと思う。
そして今、床で割れてしまっているグラスとこぼれている中身に少しばかり後ろ引かれるも、悪いのは彼なわけだから無視して言葉を続けた。
「カスが…俺の前でその名前を口に出すな」
「すいませんが無理です。この挨拶は規則なので」
「チッ」
初対面というわけではないが、殆ど他人に近い人に対してまでこの対応。3年前と何もかわっていないことが凄い。まぁ前は初対面で殺されたわけだからまだマシだけど。
書類を問答無用で机の上へと置き、では用事はこれだけなので。と言って立ち去る。
さっさと帰りたい。引きこもりたい。外にいたくない。外国とかもう嫌だ。輸送しろよアホ。なんでジェット機使ってまで私が書類届けなくちゃならないんだ。呼べよもう。ボスなんだろ?呼び出せよ。一般人使ってんじゃねーよマジくたばれあの子供家庭教師。
扉に手をかける、さっさと出ようとしたところであの重く痛い"気"。ちくしょう、またか。
さすがに殺気に当てられている状態で普通に動けるほど私は強くない。痛いし怖い。でも死ぬのは怖くない。本当は怖いのかもしれない。でも、まぁ、死ぬのよりも痛い方が怖いだけだが。
「おい、女」
呼びかけられただけでまた肩が重くなる。痛い。重い。肩凝る。疲れた。面倒くさい。
ふぅ、と一つ息を吐いてなにか、と呟く。
呼吸が、辛い。
「お前…殺したろ」
「、は?」
「人、殺したろ」
思わず振り向けば、にやりと口元に笑みを浮かべてる彼。
人を殺しただろう。
殺気のせいでなかなか回らない頭を無理矢理動かし、言葉を理解する。
人、殺す。殺す、人。
ひとを、ころした。
わたしが、ころした?
「……………………あぁ、そういえばそんなこともありましたね」
頑張って記憶を探り、すっかり忘れていたことを思い出した。
ああ殺した殺した。本当に忘れてたや、紅茶に毒仕掛けたんだっけ。刃物で刺したとかじゃないから印象薄くてすっかり忘れてた。
…いや、うん…で、まぁ…なに?それで?
「…ぶはっ!」
疑問に思いながら視線を向けていると、本格的に笑い出した彼。
別に面白いことなど言っていないはずなんだけどなぁ、と思いながら爆笑する彼から視線を外さない。
散々笑った後、はぁ、一つ溜息を吐いて…やっと彼はこっちを向いた。
「テメェをあのガキ共が嫌う理由がわかった」
「はぁ、」
「確かにテメェは落ちこぼれだ、滑稽なほどにな」
「引きこもりにしてくれと何度言えば…あ、いやあなたには言ったことありませんでしたね。すいません」
「?…まどろっこしいことは言わねぇ、テメェ…こっちに来い」
あ、面白がってる。
そんなことを思う場面ではないだろうが、なんとなくわかってしまった。
こいつは、面白がっている。
こっちに来い、というのは位置ではなく世界のことだろう。このくらい小説を読み漁っている私にかかればお茶の子さいさいだ。
だが解せない。
なぜ私なんかに目をつけているのか。
確かに兄の敵である人に好かれるというのはよくある展開だ。しかも私は兄側の人に嫌われている。これを踏まえた上で考えれば小説には凄くよくある王道的展開だ。主人公側に嫌われたら、主人公の敵に好かれるのはよくある。よくありすぎてもはやつまらない展開だ。
そしてそれが、現にこうやって現実として起ころうとしているのも、凄く嬉しくない。
「お断りさせてもらいます。私は引きこもっていたいので」
「ボンゴレ10代目の身内で引きこもれっと思ってるのか?」
「はい、だって綱吉が高確率で守ってくれるでしょうから」
あと了平君も守ってくれる。"ヒバリさん"は少し微妙。他は、どうだろう。わからない。
でも、確実に兄と了平君は無償で、もしくは私が助けを求めれば私を守ってくれる。
自惚れじゃない。明らかなる、確証がある。
まぁ、でも。
兄の周りに殺されてちゃ意味などないのだが。
「……………」
「じゃあ、私はこれで。さようなら。」
今度こそ軽く頭を下げて、部屋から出る。
いつの間にか殺気は、なくなっていた。
引きこもりとボス
(利用できるものを利用して何が悪いのか)
(私には、全く理解できない)