引きこもりと飲物



最近、私はコーヒーの入れ方を覚えた。


「月奈さん」

「あ…"エレナさん"」


微笑みながら私に気づき、近寄ってくる。

彼女は"エレナ"という女性だ。
なぜこうも私の周りの女性は皆揃いも揃って美人なのか理解ができない。


「ん〜、私には挨拶なし、ですか?月奈」


そして、そんな"エレナさん"と私が会うときには必ずといっていいほど"スペードさん"も一緒にいる。別にそこに特に問題はない、が…。


「どうも"スペードさん"。今日も文句をつけにきたんですか。練習中だから少し下手でも褒めてくださってもよかったんですよ?」

「ヌフフ…貴方がきちんと淹れられるようになったら褒めてあげましょう」

「ふふ…2人共仲がいいわね」


明らかに天然発言をぶちかましている"エレナさん"。
どこをどう見たら私と"スペードさん"の仲がよく見えるのか不思議だ。私はどうとも思ってないけど、"スペードさん"が明らかな敵意を見せているのは誰から見てもわかるようなことなのに。

カチャリ、と小さく食器が当たる音を聞きながら、いつものようにティーセットを用意する。
そう。私は"エレナさん"にコーヒーの淹れ方や、紅茶の淹れ方を習っているのだ。メイドさんじゃ言葉が通じないから。


「では、昨日マスターしたコーヒーから淹れてみましょうか」

「はい」


"エレナさん"の言葉に従って、昨日やった手順通りコーヒーを淹れる。
この間、ずっと"スペードさん"からの視線が耐えないが特に気にすることでもない。

コポコポと音をたてながらカップにコーヒーを淹れていく。

どうぞ、と"スペードさん"と"エレナさん"の前にコーヒーカップを置けば、2人共手をつけて飲み始めた。


「―――はい、ちゃんと覚えていたようですね」


一口飲んでわかったのか、笑顔を向けてくる"エレナさん"。
ちくしょうマジ美人とか思いながら"スペードさん"を見れば、微妙な顔だった。


「……まぁ飲めなくはないですね」

「最初よりはかなりマシだと。ありがとうございます。」

「最初のあれは飲み物ではありません」


冷たい目で言われてしまった。そこまで酷かったのか。コーヒーとか苦ければ全部コーヒーだと思ってた。
レパートリー的にはまだまだだが、一応コーヒーは合格なので…次に、紅茶だ。

紅茶も実は殆ど飲まないからわからない。飲んだとしてもやはりインスタントだ。
だって一からやらないといけないとかマジメンドイ。


「なにしてんだ?」


紅茶を淹れる準備をしていると、私達を見かけたのか"ジョットさん"の家から出てきた"ジーさん"が聞いてくる。
私に代わって"エレナさん"が「紅茶の入れ方の練習です」と答えると、思い出したのか顔を引きつらせている"ジーさん"がそうか…と遠い目で呟いていた。

酷いな。"ジーさん"にはコーヒーしか飲ませたことないっていうのに。


「…飲みますか?彼女の淹れたコーヒー」

「デイモン、お前は俺を殺す気か」

「なにそれ酷い」


大丈夫だから飲んでみろよと言って無理矢理にでも飲ませれば、咳き込んではいたもののどうやら予想外に美味しかったらしい。とても驚いた表情をしていた。

私だってやればできるということが証明できた。


「ん〜、とりあえずコーヒーはちゃんと飲めるまでに至ったんです…まぁ問題は次の紅茶ですけどね」

「…お前紅茶もやっぱりできないのか」

「やっぱりとかつけられたしそうだよできないよ畜生!」

「月奈さんは練習すればできますよ。Gさんも手伝っていただけますか?」

「………こいつの、紅茶…か…」

「はい。デイモンが私には最初どうしても飲ませてくれないので…」

「あんな飲み物じゃないもの、エレナが飲む必要などありませんよ」

「なにこれ酷い」


私の紅茶の味見役と聞いて、恐ろしいほどに顔を青くしつつ考え込む"ジーさん"。

そして"ジーさん"が考えをまとめたあと、いった言葉は…


「…確か今ジョットも書類嫌だっつってたところだから、連れてくる」

「ええ、ぜひ連れてきてください」


…凄く黒い笑みを見せる"スペードさん"に、いまだにあのお菓子のこと根に持っているのか…と悟った。そんなに不味かったのか、腐った卵味は…。

"ジョットさん"、私が言うのもなんだけど…ご愁傷様。




引きこもりと飲物
((ザワッ)なんだ…!?凄く今嫌な予感がしたような…今すぐここから逃げなくてはならない、そんな予感が…)
(ジョットォ!紅茶飲もうぜ!)
((ゾワッ)っ!?またっ…こ、断る!俺は今書類に一生懸命なんだ!)

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