学校に行ったけれど、なにも変わらなかった。
神門さんに挨拶されて真田君に挨拶されて先生に挨拶されて、そして席についてから神門さんと雑談をして。
何も何もなーんにも。
ちょっと前までの私の日常が返ってきた。
そのくらい、本当、なにもなかった。
席がひとつ、空席なこと以外には。
「じゃ、出席とるぞー…あ、そうだ。長曾我部は今日は休みだそうだ。風邪らしいからな、みんな気をつけろよ」
風邪、ねぇ。昨日の今日だから仮病使って逃げたか、なんて考えも浮かんでしまう。真意なんて彼にしかわかりっこないんだけれど、脳内妄想は広がるばかりですすいませんってね。
でも昔は、確かに体を結構壊してたな。じゃあ、やっぱり本当に風邪かな?なんて考えも浮かんできたり。
別に気にする必要なんて全くもってないんだけれど、やっぱり元友人としては気になっちゃうもんで。
自分で境界線を引き直したのに、ばっかみたいって?
わかってるよ。でも、本当、生憎こういう人間なものでして。バッカみたいと思いながらもやっぱり近づく勇気は未だに沸くことをしらないみたいです。
「…音無さん、長曾我部風邪だってね」
「みたいだね」
「…気になる?」
「え?なんで?」
「え、あんたら友達じゃないの?」
「え?誰と?」
「…この流れじゃ一人しかいないでしょ」
「いやまぁそうなんだけど…うーん…友達ではない、んじゃないかなぁ…?」
「あんなに仲いいのに!?」
「は?仲いい?そんなことないけど」
神門さんはオーバーリアクションかと思えるくらいにびっくりした顔で体全体をこちらに乗り出してきた。思わずちょっと後ろに下がったのは不可抗力といっても過言ではないだろう。
というかなんでそんなことを急に聞いてくるのか。
普段私と長曾我部元親が関わりあうことは無に等しく、まぁ荷物運びで困ってるところを助けてくれたとき以外に目立った接触はまずなかっただろう。あ、でも放課後真田君の呼び出しをスルーして帰ろうとしたときは抜く。あの時は神門さんはとっくに帰っていたのだから、知らないはずだ。…あ、いや、でもあの目立ち用半端なかったからな…下校時間だからといって、普段より人が少ないっていってもそれなりにはいたんだ。知ってても全くおかしくはない…。
でもそのふたつを抜けば、あとはないはずだ。昨日は確かに呼ばれたけれど何を話していたのかなんて誰も知らないだろうし、うん。まず聞いていたとしても仲がいいなんて思わないはずだし。
じゃあなんで仲がいいなんて答えにまで達してしまったのだろうか?
答えが堂々巡りになる予感がして、神門さんを見る。
神門さんは「はー…はぁ…へー」などと変な声をあげながら、アッパ口を開けて呆けていた。おい、凄いアホヅラだぞ。
「そんなに驚くこと…?」
「いやぁ…あんな親身になってくれるんだからどんな友達だと思ったのにまさか友達でもないなんて答えが返ってくるとは思わなくてさ…」
「親身?荷物運ぶの手伝ってくれたことが?」
「え?いやまぁそれも確かに優しいけど…え?もしかして知らないの?」
「…なにを?」
「私に、あんたと仲違いしたのかって聞きに来たの。あれ、長曾我部が筆頭だよ?」
「………は?」
今度こそ本当に頭が真っ白になった。
え、なにそれ。知らないの?じゃねーよ知るわけないだろ。え、うそ、てかいつの話それ?知らないんだけど普通に。っていうか長曾我部元親お前何してんの本当?私が逃げ出すのわかっててただ連行して行きやがった、所謂ただの偶然で居合わせたんじゃないの?え、うっそなにそれ。お前本当なにしてんだよ。お人好しすぎる真田君が勝手に行動してたわけじゃないの?お前もその内のひとりなの?あ、なんだかわからなすぎて頭痛くなってきた。
深く、それはもう深く溜息をつきながら手で頭を押さえれば「え、うっそ本当に知らなかったの?っていうかそっちも長曾我部が聞きに来たんじゃないの?え?」と彼女も戸惑っていた。
本当に、本っっっっ当に私の周りにはお人好しが多いらしい。
もう友達でもなんでもない私のことなんて気にして、馬鹿らしいって本当に。
それとも昔の好なのか、未だ私の友達気分なのか?
考えれば考えるほどに長曾我部が何をしたいのかがわからない。ぶっちゃけた話わかりたくもない。
私は嫌だから遠ざかろうとしてるのに、お前は私の近くに来たいのか本当…。
ただクラスメイトが困ってたから乗り出したっていう、お人好し的行動だという可能性だってありえるのはわかってる。でも、もうここまで来たらほとんど自惚れに近いけど、やっぱこれしかないんじゃないかって思えてくるんだ本当。
「…神門さん、やばい」
「どうかした?」
「私、いや、でもあれはあっちが勝手にやったことだし私はぶっちゃけ無関係に近いんだけど、っていうかそれがいいんだけど、でもやっぱりそれとこれとは話が違う気が大きくなって幼き頃とは比べ物にならない程に僅かとなってしまった私の良心的なあれが疼いてだな…」
「…えーっと、あの、とりあえず要点だけ纏めて日本語でどうぞ」
「長曾我部君にスッゲェ悪いことした…」
両手で顔を覆って机に俯けば、一瞬間が空いたものの、意味もわかっていないだろう神門さんはなぜか頭上で笑っていた。
こっちが落ち込んでるのになんてやつなんだ。
そんな想いをこめて片手をずらし、神門さんを見てみれば、気づいたのか笑いをこらえながら(全く堪えられてないけど)言葉を続けた。
「いや、だって、まさか…ぷぷっ…まさか私よりも携帯大事な人間っ、ぷっ、が…何を言うかと思ったら…あははっやばいこれはやばい…っ!」
「ちょっと私どういった人間だと思われてたの…?!」
「人間のクズだろうな」
「違う家康、こいつはクズではない。この世に存在するのもおこがましいカスだ」
「そしてなぜ貴様等はここにいるの家康君三成君」
「私の!名前を!家康より後に呼ぶなァ!!」
「んなの知るかヴォケ!」
「はは、三成は元気だなぁ!」
「…音無さんの周りって本当変なの多いよねー…てかなーんでこの2人とそんな仲良さそうなのか詳しく聞いても?」
「「「仲良くなんてない!」」」
「…すっごい仲良さそー」
思わず三人ではもってしまいそんな感想を持たれるけど、そんなこったァ全くない。
今じゃなんか対立して敵対してる2人だけれど、昔はそれはもう酷かった。女子相手に二対一とはどういうことだ。
ってそんな話はどうでもいいんだ。
なにしに来たんだよ本当、といった、酷く迷惑そうな顔をするのを忘れずに2人に向けてやれば片方は恐ろしいほどの笑顔で、もう片方は恐ろしいほど睨んでくるという全く違う表情を向けてきながらやっと本題へと移ってくれた。
「そうだ、憐になど構っている暇などなかったんだった。わしは元親に頼まれて学校に忘れていった忘れ物と、あとはプリント類を持って行ってやる約束をしたんだ!」
「私はただ貴様の担任の教科担当が休みだから代理だ。教室に来てくれと頼まれただけだ。そしたら家康が私の後をついてくる!そしてこの場には会いたくもなかった憐までいる!この!苛立ちは!どうすればいいですか秀吉様ぁぁあああ!!」
「クソ丁寧に双方とも罵倒を交えてのご説明どうもありがとうございました。さっさと帰れそして死んでしまえ」
「…本当、仲がいいんだか悪いんだか…」
「「「良くない」」」
今度こそ本当に笑い出した神門さんに三成君は怪訝な目を、家康君はどこか威圧感漂う黒い笑顔を発揮しているがそんなことお構いなしに神門さんは笑い転げること笑い転げること…彼女の笑いの沸点は本当に低い気がする。
それにしても、そうか。家康君が元親君へ渡すプリントを回収にきたのか。
なんで自分のクラスの人に頼んだり、しないんだろうね。その方が楽だろうに。人気者だからクラスにも友達はいるだろうに…。
「………家康君、プリントは帰りの会のときに取りに来たほうがいいんじゃないの?」
「生憎ながらワシはそこまで暇じゃないんだ」
「だからって朝の会のときに取りに来てもプリントなんてないと思うんだけど?」
「まぁ、プリントに関してはワシのをあげればいいだけだからな。正確に言うとプリントを取りに来たのではなく元親の忘れ物を取りに来ただけに近いさ…で?そんな無駄な質問の真意はなんだ?憐」
「…いやいや、真意だなんて。不思議に思ったから聞いたまでさ」
「…フン、貴様らのくだらない話になんか付き合ってられん。私は行くぞ」
「待ってくれ三成!」
さっさと歩いて担任の元へといってしまう三成君を、追いかけるように小走りで後ろをついていく家康君。ついていってどうするんだ、と思ったけれど担任にプリント類の確認する必要もあるのかもしれない。そして、忘れ物、というのも。
彼の忘れ物、というのは一体なんなのか。まさかとは思うけれど、ノートなんていうことはないような気がする。見た目的に。いや、でもあの見た目に反して彼はだいぶ真面目だった。授業中に寝ている姿を見たことがない気がする。ノート提出も、案外彼は誰かに催促されることなく自主的にちゃんと提出日までに提出していたはずだ。提出できるということは、ちゃんと授業中にノートをとっている。ということ。
忘れ物、そしてプリント。家康君の家と、彼の家の距離。二つを照らし合わせて、そして彼の忘れ物というものに僅かに感じた可能性が脳裏をよぎる。
「…いける気がする」
「あら、何? 勇気だすの?」
「さすがに私、そこまで悪い子じゃないんだよねえって」
「そ、報告待っててあげる」
行ってきな。そういって、笑いながら家康君の方へ視線を向ける彼女に私も笑みがこぼれた。
さあて、行ってきますか。
決意表明
(まぁ、最大の難関は今この瞬間だけだけれど)
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