あのあと、後日会ったあのお姉さんに謝られた。
事情を知らなかったとはいえ、あのような行動に出て悪かったな。と。
案外真面目なお姉さんだったらしい。
あ、あとそのときやっと名前と学年を知ったのだけれど、どうやら同学年だったらしい。
…大人びてるから絶対上だと思ってたのに…。
そう言えば、神門さんに学年カラー見ろよとつっこまれてしまった。いやいやあんな上履きと名札の上にちろっとしか入ってないカラーなんて確認しないから!え、普通するの?

まぁなにはともあれ神門さんとも仲直りしたし、音楽の授業に出るようになったし、メアドもちゃんと交換したし、あのお姉さんことかすがさん(下の名前しか教えてくれなかった)とも友達になったし、その証としてメアド交換したし。
全て解決して、めでたしめでたし。ハッピーエンドを迎えたわけだ。やったね、これで面倒事解決したよ!もう巻き込まれないですむね!


ってそう思ってたのになんで私はまたこの草木に囲われている場所に強制連行されているのでしょうか。


「………えと、用事ないなら帰っていいかな?今日私大事な(PCをやるという)用事が…」

「神門雅」

「っ」

「なんで、知らねぇなんて言ったんだ」


スッと目を細め、まるで睨んでるんじゃないかというぐらいに真剣な表情で聞いてくる。
なんで、知らないって言ったのを知っているんだ。
即座に思いついたのはその疑問なのだが、盗み聞き以外に聞く方法なんてないはずだからきっとそうなのだろう。

と、いうか、その質問は些か問題があると思うのだが、どうなのだろう。
確かに、私は神門雅を知っていた。幼い頃に、コンサートに招かれて行ったことがあるのだ。
お友達もぜひ、と言われ少し多めにもらったチケットで確かに長曾我部家のみんなを誘った。
でも、今の言葉からすると、彼は、私と行ったということを覚えているのではないのか。
忘れていたんじゃないのか。私のことを。幼い頃の記憶など、どこかに置きさってきたのではないのか。

思い出したくもない黒歴史を、一番間近で見ている私になんて、会いたくないんじゃないのか。

ぐるぐると巡る疑問に自答するほど私は納得できる答えを持っていない。
その答えを持っているのは目の前にいる長曾我部君ただ一人なのだが、そんなこと、聞けるわけがない。
私はきみに会いたくなかった。
黒歴史を知っている彼に、会いたくなかった。
でも、確かに私と彼は友達だった。親友だったと思ってる。
それほど仲が良かった彼に、忘れられていると思ったときショックを受けたのだって本当だ。
けれど、やはり、苦手意識はすぐに拭え去れるものじゃなくて、
ぐるぐるぐるぐると回る矛盾と騒然とした疑問。
いくら考えても答えなんて出てくるわけがないのだって、自分で理解していた。しているのに。

無理矢理とも呼べる勢いで思考をシャットダウンし、顔に笑みを貼り付け先程の疑問と相対する。
私は、私を守る。


「盗み聞きは、趣味が悪いんじゃない?」

「俺がサボってるところに、お前が来たんだろーが」

「え、いたんだ」

「ああ、タンクの上だったから気づかなかったろ?」


むしろ盲点だ。
今時本当にいたのか、タンクの上でサボる人って。小説とか漫画の中だけだと思ってた。
でもそんな漫画に憧れて、とかで、そこに人がいるという可能性を考えなかったのは確かに私の確認不足だったのかもしれない。いや、そこに人がいると思わないじゃないか。なんて言葉はぶっちゃけ通用しないのだってわかってる。
もう聞かれてしまったのだから、しょうがないのさ。
そこにたどり着いて終わってしまうわけさ、この言い訳は。

正直舌打ちしたい衝動に駆られているが、そこは我慢。
この高校に来てからはどうにもダメだ。古い友人がいすぎる、ここは。
私はゆっくり静かに大人しく過ごしていたいのに猫かぶりさえも取れそうになってるだなんて、本当にここを選んだ頃の私を殴り飛ばしてやりたい。


「…だってさ、知らないんだもの。知らないものを知らないって言って、何が悪いの?」


後悔も程々に、貼り付けた笑みのまま。
本当は想像できるこの先の未来へ行ってもいいのだけれど、生憎私にそんな勇気はまだないもので。申し訳ありませんねぇ、本当?

先延ばしほど面倒なことはないのだけれど、もう少し付き合ってくれませんか?


「…そう、か」

「長曾我部君は、知ってるの?神門雅さんのこと」

「…あぁ。大事な思い出だよ」

「へー。いいね、思い出って。あ、用事これだけかな?私本当に用事あって…ごめんね。じゃあ、また明日!」


有無を言わさず笑顔で言い切りその場を立ち去れば、どうってことはない。
彼は追いかけてもこなかったのだから、何かが起こるわけがないのだからね。

早く家に帰って、パソコンでもしようかな。




苦いピーマンは食べられないんです
(昔と同じ、何も変わってない)
(傷ついた表情も、なんにも。隠し方も相変わらずへたくそ)
(…ごめんね、は、また今度)

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