神門さんに避けられている。
私だけでなく、それは誰もが理解しているだろう。
現に私はいつでもどこでも1人行動となった。休み時間もずっと小説とにらめっこである。
辛くはない。
これが求めた世界だ。
「…音無殿、最近はおひとりでいらっしゃいますな」
彼女の嫌いな音楽の時間。私は丁度パートナーとなった真田君にそんなことを言われた。
誰も、言ってこなかった言葉だ。
いつ誰かに聞かれてもどうにかなるように、建前はとっくの昔に考えてある。
「神門さんにもっと合う友達ができたんだよ」
「そうは思えませぬ。神門殿とは某も話し申した、ですがやはり貴殿の隣が一番落ち着くようでござった」
「でも現に神門さんは私ではなく別な女子グループと一緒にいる。人は変わるんだよ真田君」
「…喧嘩でも、されたので?」
「そんな馬鹿な」
へらり、と笑って、話を変えるように音楽の授業の話しを振る。
私達がなぜ一緒なのか、その意味を考えよ。
少なくとも雑談をすべき時間ではないことは、きみだって理解しているはずだ。
言葉に出さなくとも空気で表す。彼は、こういう空気には敏感だ。というか真面目な話し、彼は馬鹿ではないと思う。規格外なところが飛び出ているだけで、彼は馬鹿ではない。
現に、ほら、今だって私を疑心の灯る瞳で見ているではないか!
「………その笑い方は、佐助にそっくりでござる」
「猿飛君に?」
「偽りを述べるときの表情でござる。それも、バレるのが承知の上の偽りの」
…馬鹿どころか、彼は少し鋭すぎるときがある。
猿飛君や、きみが近くにいるせいでどうにも私は行動しにくいよ。
届かない言葉を胸に、どうすべきか思考を巡らせる。
私は馬鹿だからそんなうまい具合に言葉など出てこない。
私は馬鹿だから先を見越すことなどできない。
私は馬鹿だから、真田君に勝つ術はない。
「…ふむ。そうだね。じゃあ、話を続ける気があるなら放課後、校庭のあの木々に囲われている場所に来てよ。あ、用事あるなら明日でもいいから」
「…用事はない故心配はご無用、佐助も共に行くと思われるがよろしいか?」
「私は全然いいよ」
じゃあ、早く音楽の授業に集中しようか。
忘れてたでござる!
そんな会話をしながら、私は放課後さっさとエスケープする術を考えていた。
▽△
HRが終わる。
これから放課後が始まり、そして取り付けた約束を破ることもまた始まる。
彼らは、私に明日、詰め寄るだろうか。
それとも、ふざけるなと言い嫌うだろうか?
正直、どちらでもいい。でもなるべくなら後者のがお望みだ。
真田君は猿飛君に説明するために、早々に教室を出る。
そんな彼の背中を見ながら、私もカバンを手に持って教室を出た。
そのときだった。
「音無」
声を、かけられる。
聞きなれない、低い声。
顔を見ずとも誰だかは安易に脳内に写り出て、そんな覚えるほど現在の彼を見ていたのかと少し自分に呆れた。
「…どうしたの?長曾我部君」
「…お前、約束の場所、行かねぇ気だろ」
「なんのことかな?」
「しらばっくれんな。全部聞いてた。」
「盗み聞きは、趣味が悪いよ」
「うるせぇ」
バツが悪そうに目は逸らすものの、どうやら放してくれる気はないらしい。
ああ、なんて忌々しい。面倒くさい。
昔はこんなことしなかったのに、なぜ気づくのか。
同じクラスになってから、私はそのような行動に移したことは、一度もないというのに。
逃げられそうにもない空気から、どう脱却すべきか巡らせる。
もうどうせ逃げられないなら、腹をくくればいいのに。そう思う自分だっている。
でも、どうせならば、面倒事は少ないほうがいいに決まっている。
「そんなことないよ、失礼だね」
「さっさと帰る気だったやつに言われたくねぇよ。はじめからあの話し、したくなかっただけだろ?」
「確かにそれは少なからず、あるよ。だって私に落ち度があったのは明確だもの。好き好んでしたい話ではないじゃない」
「…まァそりゃぁ、そうなんだが…」
「同意してくれるなら、わかってくれるよね?」
「ああ、でも、それとこれじゃ話が別だな」
にやり、と笑った長曾我部君にこれ以上は逃げられないことを悟る。
怖いことからは逃げるのが、きみだった気がするんだけどねぇ。
やれやれ、降参だ。
そんな意を伝えずとも理解したのか、それとも初めから無理矢理連れて行く気だったのかは知らないけれど、
手を掴まれて、歩みを足される。
きっと逃げない為というのが彼の中での大前提なのだろうけれど、これじゃああることないこと噂されてしまうじゃないか。
けれど、力の強くなった彼の手から逃れられるほど私は怪力でもないので、そのまま好奇の視線に晒されながらついていくこととなってしまった。
部外者の乱入はお望みではないのだがね
(たかが一生徒同士のすれ違いに、そこまで気を遣うことでもないだろうに)
(それにしても、ああ、クソ面倒くさい)
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