先輩後輩、という世界が、私はどうにも苦手だった。
そらまぁ先輩は確かにすごい。一年早く生まれただけと言ってしまえばそれまでの話だけれど、それだけじゃあないんだと、知っている。けれど、だからなんだと思ってしまえば、それまでといってしまえばそれまでで。
世の中には、一年早く生まれようが、十年早く生まれようが、クズな人間は、クズなわけで。

「そこんところ、どー思うの、ショーくんは」

フェンスに寄りかかりながら聞いてみれば、彼はひどくつまらなそうな顔をしてこちらを見ていた。きっと私がこのまま体重をフェンスにかけて、そのまま頭から真っ逆さまに落ちていったところで、慌てもしないだろう。そんな顔。

「どーしたもこーしたもねぇだろ。いらねーもんは捨てるだけだ」
「捨てられないじゃん、ほら、先輩後輩なんてこれから先必ず存在してくるし?」
「向こうが力振りかざせなくさせるだけだっつってんだよ」
「女の子には、無理だよ。そんなの」

いくら暴力でいうことを聞かせたって、女は女。向こうが男を味方につけたら終わりだし、向こうが泣いた時点で、終わりだ。数にもの言わせた暴力という存在を、私は知っている。そのくらい彼も理解しているだろうけれど、彼は私とはまったく別次元の生き物らしい。腹が立つから殴るし、欲しいから奪うし、いらないから捨てるだけ。ただそれだけなのだ。今だって、めんどくさいからそれらしい言葉を並べてるだけ。そう、それだけなのだ。彼の言葉なんて。ぜんぶ。

「じゃあ、無理なんじゃねーの。ゼンブよ、」
「やだぁ、投げやり。相手してくれないなら、落ちちゃうぞ?」
「やってみろよ、落ちたことなんてねークセに」

そのままケッと悪役みたいに笑って、楽しそうにこちらを見つめる彼に、笑顔を返す。彼のこういうところは、嫌いじゃない。というより、こういうところに惹かれない限り、進んで近づいていく女子はいないと思う。みんな、いまの現状から、なにかしら刺激がほしくて彼に、近づくんだと。もしくはなにも欲しくないから、近づくんだと。そう、思ってる。

君のことは、嫌いじゃあない。むしろ、好きだから。

「あ、ショーくん」
「んだよ、落ちねえの?」
「センパイさん、迎えに来たよ?」
「げ、」

彼が振り向くのが先か、センパイさんが扉を開け放つのが先か。どちらにせよショーくんが逃げようと腰を浮かせたときには時遅く、怒鳴りながら走り抜けてきたセンパイさんはそのままショーくんにアイアンクローをけしかけハッ倒し、海老反りをかけ、ギャンギャン文句言う余裕もなくなって静かになったショーくんの襟足を掴み、慈悲もなく連れ去っていく。

「邪魔して悪かったな」
「いえいえ、いつもご苦労様です」

連れ去る前に必ず私に声をかけていくのも忘れない。ほぼ魂が抜けたような状態のショーくんは、そのままずるずると引きづられて屋上から消えていく。
私は、姿が見えなくなるまで振っていた手をそっと下ろした。

先輩後輩の世界が、嫌いだから。
けれども君のことが、好きだから。

「だから、捨てようと思うの。ぜんぶ。」

はじめて言われて、君を好きになった。二回目に言われて、捨てようと決意した。三回目に言われて、計算しだした。四回目に言われて、計画が完成した。

五回目に言われて、遂行した。

「ばいばーい、ショーくん。先輩に恵まれた、不良っ子」

きっと君は私が死んでも、悲観することなく、ただつまらなそうに、毎日を謳歌するのだろう。私の出来事など日常のうちの些細な出来事のひとつとしか処理されないのだろう。人ひとり、死んでいるというのに。なんたることだと。世間はそう言うのだろうけれど、けれど、そうじゃない彼に近づく子なんてきっといなくて。

そういうところが彼のいいところなんだと、いい加減に世間は、気づいたほうがいいのになあって。
落ちながら、最後まで、思ってた。



同級生はこんなにもやさしいのに
(あれ、ほんとに落ちてら)(ま。いっか。)