今日の授業は、編み物だった。
全員に赤色の毛糸が配られ、編み棒も渡される。編み物なんてやったことはないが、と思うがきっとこのクラスでやっているやつを探す方が難しいだろう。クラスよりも、学校で、と言ったほうがいいだろうか?
別に、やってるやつがいないわけではない。ただ数を数えたら、きっと少ないだろう。縫い物ならまだしも、編み物だ。小学校じゃまず習うことはないだろう。中学校でも俺は習ったことはない。

だが、そんな不安もやり始めたときは心中を渦巻いていたが、コツを掴めば案外簡単なものだった。
さこさことかたどられていく課題通りのものに、俺は内心ちょっとほっこりする。赤色のそれは、自分が使うのかと言われれば微妙だが作るのは案外楽しいものだった。


「うわ、大坪くん上手」


少し無心で編んでいたせいか、ひょこっと隣から覗き込んできた存在に気づけなかった。
完全に肩が跳ねたのは隠せなかっただろうが冷静を装って俺は声をかけてきた存在へと視線を向ける。


「もう完成近いし、羨ましい」

「主人公はまだなのか?」

「まだどころか、うん、E判定はまぬがれられませんね」


見てこれ、と苦笑しながら見せてきたものはまだ完成系の3分の1ほども出来上がっていなかったが、既によれていたりほつれていたりして、正直お世辞にも綺麗とは言えなかった。同じ赤色でも、ここまで違うとは。当たり前のことを思いながら苦笑する主人公にもう一度、視線を向けた。


「ひっどいよねぇ、自分の不器用さ見せつけられてるみたいで今すぐ床に叩きつけたくなる」

「そんな素行した方が成績下がるぞ」

「わかってるって、提出して判定が戻ってきたら判定と共に壁に全力投球する予定だから安心しなさい」


全然安心できる要素がないんだが。
思わず口を滑り出ていきそうになった言葉を寸前で飲み込み、なんだかんだ言いながら教科書と黒板に視線を往復させ作り上げようとしている主人公を素直に尊敬する。諦めが悪いのか、それとも真面目なのか。どちらにせよ、早々に諦めて形だけやってるふりをしながら小声で談笑しあっている後ろの席のやつらよりは断然にいいことだ。その努力だけなら、きっと判定レベルはもうちょっと上がるだろう。あくまでも作品へ対する判定だから、努力が入らないのは悲しいことだが。

うーうーと唸り、頭をひねりながらああでもない、こうでもない。を繰り返す彼女の手元を見る。確かに、不器用だ。


「…主人公、そこ、通すとこ間違ってるぞ」

「え、どこ」

「今通したところだ」

「まじで。え、んでこれどこ通すの?」

「そっちの、いやそこじゃない。もうちょい、そこだ。そう。」

「で、えと、こっちか」

「いや、そのとなりだ」


そうそう、と言いながら指摘していく。不器用ながらにも、なんだかんだ地道にコツを覚えていくからきっとどうにかなるだろう。と、思ったら急に外すから油断はできないらしいが。
自分の赤色を見せながら、主人公の赤色を作り上げていく。とりあえず完成さしちまえばE判定はまぬがれるんだよ、と息巻いていた独り言を聞いていたから、たぶん根性で完成させてしまうだろう。最初よりはだいぶまともな形になってきたから、きっと大丈夫だ。

あともう少し、というところまできた主人公は一旦手を休め、肩に手をやった。


「やばい、超肩凝った」

「あと少しだからやってしまったらどうだ」

「普段こんなことしないから結構肩と手がだね…大坪くん平気そう、バスケ部だからか」

「いや、使う筋肉がまったく違うから関係ないと思うぞ」

「そんなマジレスしなくても…、てかごめん。完成遅らせたね」

「大丈夫だ。結果的に時間内に完成してるしな」

「女子の私より綺麗に作りおって…」

「ただたんに、向いていたんだろう」


まぁ、新しい才能を発見したところで活かす場所などないのだが。男女のくくりにこだわるわけではないが、男が編み物が上手でも、正直なんともいえない。贈る相手がいるわけでもなければ、自分は運動部。ますます活かすところがない。

苦い顔をしながらそう告げれば、「ふぅん」と漏らした主人公はなんてことがないように続けた。


「じゃあ、私になんか作ってよ」


思わずえ、と声を漏らせば「あ、いや部活忙しいか。ごめん。」と続き、そしてそのままこの会話は終わりというように編み物を再開させてしまった。思わず俺も口を塞いでしまい、完全にタイミングを逃した。
それから主人公の作品が完成した瞬間、授業終了のチャイムが鳴り本当にギリギリだったと安堵している姿を見て、あまった毛糸を見る。

余ってしまった、赤色の毛糸。
各自持ち帰りなそれは、家に帰ったら母さんにでも渡してしまおうと思ったが…。

やっぱり、やめることにした。



(余った毛糸がもったいなくて作っていたら、毛糸が足りなくなったんだ)
(だからまた買い足して作ったら、余ってしまった)
(そんなことを繰り返していたらできてしまったんだ、と)

(「じゃあ、どうせ同じ赤色だし、私の毛糸の余り渡しちゃうわ」)

(…ふうむ。しまった。)
(この赤色は、使えない。)