ゆるゆると、沈んでいく夕日を見ながら静かに涙をこぼす。
ぽろぽろと落ちて行く涙は止まることを知らず、もう拭うことも諦めてしまった今重力に逆らうことなく雫は下へ下へと頬を伝い地面へと吸い込まれる。はっ、と吐き出した息は、掠れていた。

知っていた、はずなのに。


「散々見てきたのに、なぁ」


ぺたり、と窓硝子に指をつける。硝子の向こう側、夕焼けに照らされていたあの場所であの人の後姿を見た。それだけで口角が上がっていくほどに安い恋だったのに。
彼の歩く後姿を追いかける、女の子の存在だって、知ってたのに。


「散々教えたのになあ」


低いテノールが後ろから飛んでくる。振り向かずに窓硝子の反射を利用して見てみれば、彼は眉をハの字に曲げて笑っていた。彼の顔を直接見る気にはなれず、硝子越しに諦めたような笑みを向けたけれど、はたして彼に見えていたかどうかはわからない。
散々、教えてもらった。教えてもらわなくたって知っていた。それでも、見かけるだけで頬が緩くなって、声を聞くだけで胸が高鳴ってしまっている自分を見て、仕方ないと開き直ることしかできなかった。良くも悪くも、私は自分に正直でいたのだ。

女の子に会っても、その子と2人で会話してる姿を見ても、平気だったのに。
なんで、今更なのかなぁ。


「…なぁ、主人公。もう、諦めたらどうだ?」

「…そうだねぇ、」


そんな言い方、私以外にすれば最低な人のレッテルを貼られちゃうよ。口には出さずに胸の中でだけ吐き出して、それでも窓硝子から視界を外さない。諦める、なんて。彼に似合わない言葉だ。いいや、彼らに、と言うべきか。

ひんやりと冷たかったはずの窓硝子は、もうだいぶぬるくなっていて。ああ、そうか。そんなに時間がたってしまったのか。こんなに待たせてしまって、悪いなあ。思ってもいないようなことを頭に適当に並べて、いい加減気持ちに切り替えをつけようと思う。だいぶ日が陰り、橙色から深い深い青色になりはじめている空を見て、せっかく部活もなくて早く帰れる日だったのに、なんてもったいない。なんて思いながら、私は涙を拭った。きっと目は、真っ赤なんだろうな。
ゆっくり深呼吸をして、窓硝子から視線を外す。ずっとそこで待っててくれた彼と目を合わせれば、彼はおもむろに苦笑をこぼし、私の荷物も持って教室を出て行ってしまった。どうやら、送ってくれるらしい。なんて紳士で、優しい人なのか。


「このまま騙されちゃえば、幸せなのにね」


小さく呟いた言葉は、彼に届いたかはわからない。

教室を出る前に、そっと視線を寄せた窓硝子には、確かに彼の笑顔が焼き付いてて離れなかった。



(知っていると、それでもいいと告げたのは、私だったのに。)