「かーさまーつくーん」


コンコン、とノックと共に呼びかける。
ドアは開いてるし、周りの生徒が気づいているからノックの必要性は正直ないんだけれど、一応礼儀として必ずノックする。もはや、癖なのかもしれない。

教室で友達と楽しく話していた彼は、私の呼ぶ声が聞こえるなりビクリッ、と一度肩を跳ねさせ、そして硬直した。毎度のことだからもう私は気にはしないけれど、あのまま大人になったらどうするんだろう?と、少しだけ不安だ。
ワタワタしている彼に、ふぅと溜息を付きながら一歩。教室に入ろうとすると、ガタンッと大きな音をたてて椅子から立ち上がった笠松君がバタバタと忙しなくこちらにやってくるのを見て、やっぱり毎度のことながら見てないのによく私が一歩歩き出すと来るもんだ。と少し感心する。

私の前に立っても、合わない視線と赤い顔を見て、可愛いなぁ。なんて思いながらいつも通り半一方的な会話をする。


「笠松君、次の委員会のことなんだけどね」

「あ、あぁ」


日程と、やる事を簡単に読んでいく。律儀にも彼はちゃんと返答を返してくれるから、それを聞きながら少しだけゆっくりと読んでいく。少しでも長くいれるように、なんて思ってるのがばれたら迷惑と思われるんだろうな。でも、たまにしかない機会だから許してもらいたい。
どんなに遅く読んでも、量がなければすぐに終わる。用無しになったメモを閉じて、ポケットに突っ込んでしまおうと思ったら「あ、」と笠松君が不自然に言葉を続けたせいで思わず手が止まってしまった。
視線を向けると、一瞬だけバチリと噛み合う。本当に一瞬で、すぐに顔ごと目を逸らされたけれど珍しいと思った。


「どうかした?なにか不都合でもあったかな?」

「あ、や、違う。その、あ、の」

「うん」


ゆっくりでいいよ、とは言わずに続きを待つ。前に言ったことがあるんだけれど、あのときは結局顔を真っ赤にして最終的に喋れなくなってしまったから、きっとダメだったんだろうなと思って言わないことにした。待ってれば、彼は自分で整理をつけて続けてくれる。
まぁそれに、彼がこうして焦っている姿を見るのも好きだし、なにより少しでもここにいれる時間が伸びるだけで十分だ。

続きを待つ為に彼の顔を見ていると、私の視線には気づいていないのか彼は一回目を閉じて、ふぅ。と小さく息をはいた。もう一度開いた瞼の奥の瞳とはやっぱり視線は合わなかったけど、少しだけ落ち着いたようだ。


「あ、の…その、メモ。」

「…メモ?」


メモ、と言われて思いつくのはメモ張だったけれど、この会話の流れでそれはない。ふ、と気がついたのは、先程ポケットに突っ込もうとした委員会の予定を書いたメモだ。
もしかして、言伝じゃなくてメモを渡した方がよかったのかな?
考えてみれば当たり前だ。言伝だけをちゃんと覚えておくだなんて、そんなことできないじゃないか。それに笠松君は毎度メモの類は用意していない。


「あっ…ごめんね、気が向かなくて」

「い、いや!その、そうじゃ、なくて、えと………きょ、うは…プリント、忘れた、から……その……………」


バタバタと全身で慌てて見せた彼に、別に読んで行くことが迷惑じゃないと全身で伝えられている気分になる。都合のいい解釈だけれど、なぜか確証が持てた。
プリント忘れたから、不安だから、メモをくれ。ということなんだろう。


「それなら、こんな殴り書きのメモじゃなくてちゃんと書き直して渡すよ」

「それで、いい、から」


ん、というように目の前に伸ばされた手のひらに、少し不安になりながらもメモを渡す。
メモを渡すのと同時にチャイムが鳴り響き、なんてタイミングだ。と思いながら私はここから少しだけ離れてる教室に帰ることにした。


「じゃあ、笠松君。メモ汚いから他の、ノートとかに写したほうがいいよ。また、委員会でね。」


少し急いだ私は、笠松君の返答なんて聞かずに片手を振ってすぐに歩き出す。

まさか後ろで、笠松君が私のあげた殴り書きのメモを片手にひっそりとガッツポーズをしていたなんて、知る由も無いのだ。



(…っしゃ!)
(笠松…委員会の予定書いたメモだけで、あんな喜ぶなんて…!!)
(まぁ…笠松が喜んでるならいいんじゃないか?)