血が舞い散る。
あわが弾けるように、飛び散る鮮血をこの身に受け、それでも乾き飢えている心を潤すように刃を振るう。
武士は国を護る為に刀を振るうのだ。そう言っているが、あれは、嘘であろう。表面上は間違ったことではない。だが、本当にそれだけならば、このように身を紅に染め上げそれでも尚口角を上へと上げることなどないように思う。

愛おしい。
ああ、愛おしい。

狂ってる。そう人は言う。けれど、今の人は誰も言わない。誰も思わない。鮮血を浴びることは正義。人の道から外れた、規格外の侍は、国の英雄。それが世の条理。けれど、誰もわかっちゃいない。その英雄こそが、真の侍でありながら、真の人外であることを。


「う、ぐァァッ!」

「あぁああ! 死にたくない、死にたくなぃいああああ!!」


聞こえる悲鳴は、英雄の最後の人である姿。ほかの英雄に食い殺される英雄は、最後の最後でようやく人に戻れるのだ。戻った瞬間に食い殺されるとは、ああなんて無慈悲なことか。
ぶわりと、また、あわが弾けるように飛んだ鮮血を浴びて、それを気にもせずに次を殺していく味方を見やる。

体中に浴びた鮮血は、もはや鮮血とは程遠い色をしていた。
なにもそんなに浴びて行かなくてもと思うが、自分もあまり変わらぬ姿をしていたことを思い出す。
この戦場で、こんなことを思うこと自体が馬鹿というものか。


「刃に咎を、鞘に贖いを!!」

「不幸よ、さんざめく降り注げ!」

「巡れ火之魂、螺旋の如く!」

「大鬼裁きは優しくねえぜ!」

「日を抱き、腹を暴す徒よ!」


憂いと憎悪と、あとほんのちょっぴりの歓喜と。
振るわれる刃に舞い散る生命、その中で微笑みを浮かべる俺らは、狂人だ。時代が違えば、ただの狂人だ。けれど今は違う。今の時代は、こんな俺らは、人の道を外れた――正義。

生きたものが正義で、死んだものが悪なのだ。

悪じゃない。自分は、悪じゃない。証明するために刃を振るう。人を殺す。英雄を食い千切る。愛おしき鮮血に身を染めて、それでもまだ、俺たちは正義だと、英雄だと吠えるのだ。


「―――これで、さいごだ。」


その言葉は一体誰のものだったのか、今じゃもうわからない。
腕はだるいし視界は悪いし、血を吸いすぎた大地は土砂降りの雨が降ったかのように滑ってしまう。息は切れるし、被りまくった血液はもうパキパキに固まっている。それを覆うように、また、鮮血を浴びるけれど。

愛おしい。
ああ、愛おしい。

理想も思想も現実も幻想も生も死も、すべてがごっちゃになったこの戦場で、愛おしいと思うがままに刃を振るう。飛んだ鮮血は、今もまだ生きていると脈打つこの蔵の塊で受け止める。
笑みを刃に乗せ、乾きが潤うまで。止まらない。愛おしい。その脈打つ蔵が、愛おしい!


「がはっ! かっ、くはっ、はは、ハハハハハッ!」


狂ってる。何を言うか、これは正義だ。俺は英雄だ。俺らは、英雄だ!
崩れる世界にさようなら等告げるものか、俺はまだ生きている。我らはまだ生きている。血反吐を吐いてでも、腕が飛ぼうとも、腹が切られようとも、刃がへし折れても、我らはまだ生きている!

まだ、我らは、英雄になれる!!



我らが最後の英雄でありますようにと
(血塗られた体は正義の証)
(そう言って、笑んだ彼は、悪と成り得たのでした。)