「幸村君、わたしそろそろ死のうと思うんだ」


久しぶりに主人公からきた電話に出て、昔よく遊んだ河川敷に呼ばれるがまま向かえば彼女は出会って早々そんなことを抜かしてきた。
あまりにも唐突で、少し呆気にとられていれば主人公はなんてことはないように、笑いながら続きを話す。


「そろそろ勉強道具どころか、勉強にも集中できなくてさ。このままじゃどっちにしろテストで赤点取って単位落としちゃうだけだし、留年したら余計にお金もかかるし。じゃあやっぱ、死ねば解決かなって。わたしも、みんなも、願ったり叶ったりじゃん?」

「……、…そのこと、親御殿には…」

「言ってないよ。幸村君にしか、言ってない。」


にこり、と笑いながら流れる川の方に視線を向けた主人公に、不謹慎ながら少しばかり胸が高鳴った。
俺にしか、言ってない。なんて美味な響なのか。ああ、それだけでしあわせに浸れる俺はなんて単純なのか。でも、しょうがない。


「こっちに、来ませぬか?」

「転校?やだよ、それこそお金かかっちゃう」

「俺が養う、と言ったら?」

「嬉しいけれど現実味がないね」


なに、やっぱりわたしに死ぬのはやめてほしい?
そう少し困ったような顔で主人公は言ってくるから、俺は本心のまま頷く。死んでなんか、ほしくない。ほしいわけがない。
今すぐにでも主人公をここまで追い詰めた学校の生徒を殺してしまいたいほどに。元凶がなくなれば、主人公は生きてくれるだろうから。

けれども、吹っ切れたような、覚悟を決めたような、でも、全てが絶望に染まりきっている瞳をした主人公をそこまで引き止める術も覚悟も、やはり俺はもち得ていなかった。


「死んでなどほしくはありませぬが、主人公が決めたというのならば俺は止めようとは思わん。潔く腹を切ってこい。」

「いや王道の屋上から飛び降りの予定だから腹は切らないけど…っていうか自殺で切腹って今時聞かないよ」

「なんだ、刀ならば貸してやったものの」

「いろいろと幸村君家にあらぬ疑いがかかるから全力で遠慮させてもらうね。」


じゃあ、そろそろいってくるね。そう言い錆びて少し欠けている、色あせた椅子から立ち上がる主人公に続いて俺も立ち上がる。今からか?と聞けば、もう侵入のための事前捜査は済んでいるのだとか。まったくもって抜け目のない女だ、


「あ、そうだ。遺書ならちゃんと書いておいたから安心してね。タダでなんて、死なないよ」

「本当に抜け目がないでござるな。それならば、俺がついていかなくても安心だ」

「ついてこようとしてたの?」

「いいや、俺にはまだ、こちらにいたい」

「当たり前だ。そうだ、なんて言って頷いてたらぶん殴ってたよ」

「随分と理不尽だな」

「だって、幸村君は寿命で死んでほしいもの」

「病は?」

「寿命限定」

「ならば、より一層健康に気を遣わねばならぬな」


ふっと、冗談のように笑いながら言えば主人公もより一層笑顔を深くする。

少し歩いた、その先の十字路。
右に曲がれば、俺の家。左に曲がれば、主人公の通う学校がある、分かれ道。


「じゃあ、わたしこっちだから」

「うむ。じゃあな主人公。」

「うん、さようなら幸村君。」


互いに手を振り合い、笑顔のまま別れ合う。
少し歩いて、そっと後ろを振り向いたけれど主人公は前を向いたまま。


「…逝ってらっしゃいまする、またお出会いできれば幸いなり。」


暗闇に溶け込む背中に、願いを込めて。




翌朝テレビで流れるのはとある学校で自殺が起こったニュースであった
(「『左様ならば、致し方ない』…主人公は、この意味を知っていたのだろうか)