何かがおかしいんだ。呟いた私に、彼は振り向きもせず返す。いつものことだろう?と。果たして、これは「いつものこと」だったろうか。もはや、私にそれを確かめる術などないが。
さて、それにしても熱い夜だ。いつも熱い熱いとは思っていたが、今回のは一緒に燃えてしまうような熱さではなく、溶けてしまいそうな熱さだった。いや、もしかしてもう私は溶けているのかもしれないな、なんて笑いながら言えば、彼もまた笑いながら溶けてたらもう俺と喋れてないよ。なんて返してくる。ははは、確かにそうだ。でも二人共溶けているのなら、もしかして、と思うのだけれど。

彼が溜息を落とし、立ち上がる。
私はそんな彼に視線を投げるが、彼はやはり私などに視線を向けず、たったひとつの光景を目に焼き付けるかのように見ていた。


「…行くのかい?本当に溶けちゃうよ?」


どうせ今更行ったところで、宝はもう溶けていのに。言わなくても、相手はちゃんと理解しているようで。胡散臭い、わざとらしい笑い声をあげた後、始めから宝を持ち帰るために行くわけじゃないよ。と答えた。では、何を取りに行くというのか。問うても、答えなんて笑い声しか返ってこないけど。
空を仰ぐ。やはり何かがおかしかった。どこまでも深く続く闇に包まれるでもなく、小さく光る星でもなく、少しばかり照らしてくれる月でもなく。いつもと同じはずなのに、おかしい気がしていた。ずっとずっと。でも、彼がずっとそれを否定し、いつもどおりだと言うから。

彼が移動するのが見える。今この場所にいても熱くて溶けてしまいそうなのに、もっと近くによるだなんて。本当に溶けてしまうよ。私なら行けないなぁ。
彼をずっと見ていれば、彼は途中立ち止まり、やっとこちらを向いてくれた。その顔はやはり、笑っていた。


「お前は、行かないの?」

「行った方がいい?」

「いんや、来てほしくないね」

「だろう?」


だから私は、ここにいるよ。
その言葉に、彼はまた笑みをよこし、そして、燃え盛る業火の中に消え去っていった。




そしてこの心も溶けていくのね
(実はきみのお子がこの私の腹の中にいるんだ)
(そういったら、きみはそっちの宝よりも、こちらの宝を欲しがってくれただろうか?)