本領発揮 (27/31)





家に帰ってみれば、酷く皆慌ただしかった。戦前の慌ただしさとは違う。何があったのか才君に聞いてみれば、昌幸様が戦帰りに討たれたらしい。そうか、だからこんなに辛気臭いのか。だから皆こんなに泣いているのか、そうかそうかそうか…。


「…お前、その首は…」


左手に持っている首を見て、才君は驚く。ああ忘れてた。こんなの持って家に戻ってくるなんてどうかしてたよ。

首から手を離す。才君が「あ」と思ったであろうのと同時に、首は床に叩きつけられ、
なかった。
床には俺様の闇が広がっていて、そのまま飲み込んだからだ。


「…お前、婆裟羅に目覚めたのか…」

「…うん。皮肉なことに父ちゃんと真逆な闇にね。なんとなく、予想はしてたけど」

「…猿飛佐助氏は、どうした」

「………。」

「…そうか。若様は奥だ。…行くぞ」

「…りょーかい」


双方無言のまま、俺様達は若様がいるという奥の部屋まで歩いた



▽△



部屋に入れば、そこは阿鼻叫喚の渦だった。その中で1人だけ、1人の子供だけが泣かず、ただ呆然と立っていた。


「若様」


才君がそう呼べば、ゆっくりとこちらを振り返る若様。その表情からは、なにも読み取れなかった。


「…さすけ、才蔵」

「若様、申し訳ありません。只今戻りました。」

「…うむ。才蔵、さすけには…」

「話しました。」

「…そうか」

「………。」


それ以降何も言わない若様。その姿は、あまりに冷静で、とても子供とは思えぬ姿だった。事態を理解していないのか、哀しみを通り越しているのか、はたまたどうでもいいのか…。

3人で無言でいれば、嫌でも周りの人の声が耳に入ってきた。


「昌幸様…!一体誰が…!」

「第一猿飛はどうしたというのだ!あやつさえ身代わりとなっていれば…!」

「…!まさか、猿飛が昌幸様を…!?」

「なんだと…?猿飛は、猿飛はどこだ!」

「誰も目撃しておりません!」

「おのれ…猿飛め、昌幸様の御恩を忘れ裏切ったか!」

「猿飛」「猿飛…!」「あの草め…」「見つけろ」「殺せ」「裏切り者め」「昌幸様」「猿飛」「猿飛を」「猿飛」「死刑」「見つけだせ」「首を跳ねよ」


怨みつらみを呟くように、じわじわと吐き出していく闇。違うだろ、父ちゃんにそんな怨みを語ってどうする。違うだろ、犯人が別なのはわかっているだろ。違うだろ、違うだろ違うだろ…。俺様が口を開こうとした。だが、その前に若様が口を開けた


「違うだろう。」


キッパリと、堂々と俺様が思ったことと全く同じことを呟く。呟く、というよりは声を張って、言ったが。


「違うだろう。」


もう一度、繰り返す。
怨みつらみを吐いていた奴らが、若様の方を向いた。


「今ここですることは父上の死を嘆くことか?今ここですることは可能性の低い相手に怨みを吐くことか?違うだろう。」


誰だこいつは。そう思わずにはいられない程流暢な話し方。才君も同じく固まっている。誰だ、一体彼は誰だと言うんだ。この圧力、この覇気、この威圧感。これは、まるで…!

俺様と才蔵が蹴落とされそうになっている中、家臣が若様に口を開く。


「弁丸様?何をおっしゃっているのですか」

「気づかぬのか?父上はそんなこと望まぬ。それどころか父上の大事な者を犯人扱いとは笑わせてくれる」


なぜ口が利けるんだと思ったが、どうやら気づいてないらしい。なぜ気づかない、なぜ気づけない!この存在はお前達が思っている程小さなものではないぞ!それどころか、真逆の…!


「…弁丸様?一体どこでそんな言葉を…、その者達ですか」


家臣の目が俺様達に向く。いぬくような、その瞳に何も感じられない。俺様達は家臣の視線など全く気にならない。それよりも、目の前の大きな存在だけがただただ怖かった。

家臣が近づいてくる。だが動けない。若様から目が離せない。家臣は、若様の背後に立った。


「おい草よ、昌幸様がおっしゃっていたから大目に見ていたがもうそうはいかないぞ」

「さすけ、貴様は確か猿飛の息子だったな?…父親の尻拭いをするのは貴様の仕事だ」

「さあ若様?早くそんな小汚い草から離れましょう」


家臣は若様の肩に手をかける。だが、若様はそんな家臣の手を力の限り払い除けた。

…やっと若様と目が合った家臣達は、すぐに固まった。


「汚らわしいのはどちらだ無礼者め。」

「弁、丸…様……?」

「俺は、某は弁丸!真田家当主の弁丸である!」

「…子供が何を…!」

「子供だからなんだというのだ!次期真田家当主は某である!真田昌幸の死を嘆く暇があるなら犯人を探せ!架空の犯人に怨みを吐くなら証拠を探せ!そんなことも解らぬのか!!」

「っ…!ガキが何を!」


子供にそこまで言われたせいか、ついに拳を振り上げた家臣。若様は怯えもせす、男を睨みつけていた。え?後ろ向きなのになんでわかるかって?いやいやだって…ねぇ?才君。

男の拳を受け止め、床に叩きつける俺様。才君と一緒に背中に乗って、俺様は手を背中で止め、才君は首に苦無を当てている。男は一瞬の出来事で、ほうけていた。


「アハー、俺様達の主に手あげちゃってさ。」

「…死ぬか?」


冷たく才君が言い切れば、やっと正気に戻った男が暴れようとする。まぁちゃんと耳元で「暴れると首切れちゃうかもね」と脅したが。


若様の方に視線を向ければ、少し驚いていたようだがすぐに元の顔つきに戻った。

さぁ若様?俺様達に見せてください!
若虎の恐ろしさを、見せ付けよ!!



本領発揮
(眠りし虎を起こしたは)
(貴様か?)
(恐れよ敬え、かのものは若き虎)
(真田家当主、弁丸様であるぞ!)