大きな声も上がらないが、誰もが何かを話している。
きらきらとした空気と華やかな人々の服装。

「ツーペア。」
「悪いな、フルハウス。」
「またお前の勝ちか!」
「今夜は女神が付いていてくれているらしい。」

がやの中のひとつの卓。
連勝を続けている小柄な男がいた。
その男のことが気に入らなかった別の男が突っかかっていく。

「お前、イカサマしてんだろ。」
「何も証拠がないくせに、自分の無能を人の女神のせいにするのは良くないなぁ。」
「なんだと!?」

男が勢いよく立ち上がったことで、卓上のカードとチップが舞った。
それらが床に落ちるときには、男の口の中には銃口が押し込まれていた。
人々が怒声で振り返った時には、男が銃を突き付けている一枚絵は完成されていた。

「ねぇ。僕が、いつ、イカサマをしたって?」

先程まで座っていたはずの小柄な男が、鋭い目付きでゆっくりと追いつめるように問いかけた。
始めは瞬きを繰り返していた男も、自身が置かれた状況を理解し始めた様で、押し込められている銃口と歯ががちがちと当たる音を鳴らした。

「あんまり妙なことはさせないでおくれよ。僕はここを結構気に入っているんだから。」
「ビリー、それを下ろせ。」

目を細めながらそう言った男に、取り巻いていた人混みから低い声が掛かる。

「俺のシマを荒らすな。」
「荒らした覚えはないよ。それにしても、こんなもんを持ちこめるなんてセキュリティが甘いんじゃない?」
「そいつを通した奴はシメておいたさ。」

現れたがたいのいい男に、口笛を一吹きしておっかないな、と軽く返す様子から、この二人が親しい仲であることが伺える。
ビリーと呼ばれた男は口の中から抜いた銃を、その男のスーツのポケットに入れてやった。

「返すよ。」

その言葉の意味に気が付いたギャラリー達が、あれは何時抜いたのか、まるで見えなかった、とざわめき始める。
そんな中、一人の少女ががたいのいい男に近付いた。

「お父様、そちらは?」

周りの女性より上等であることが分かるドレスを身に纏っている。
子どもではない、だが、まだ大人として捉えるには幼さの残る顔付きだ。

「あとで紹介してやる。ビリー、先に上がっておく。早めに来い。」
「了解。」
「あと、こいつを二度とここに来れないようにしてやれ。」

騒ぎを起こした男を、数人が部屋から引きずり出してどこかへ連れて行くのを見届けた男は、人だかりを抜け、部屋から出ていく。
その男の後ろを付いて行く少女が、一度ビリーと呼ばれる男を振り返り、淡く微笑んで小さく手を振った。
二人の様子を見届けたビリーは、呆然と一連のやり取りを見ていたディーラーに軽く謝罪した。

「驚いたかい?悪かったよ。ところでお金なんだけど、後で取りに来るから用意させといてもらえない?」
「は、はい、分かりました。」
「よろしく。」

先程の空気を感じさせない、人当たりのいい笑みを浮かべ、そう言った。
一件が終結したことで、ギャラリーが各々の卓へと戻っていく中、こちらに向かってくる三人の気配を感じた。

「全くひやひやさせないでくれ。」
「おじさん腰抜けるかと思ったよ。」
「悪かったよ。ちょーっとオイタを見つけてね。ボスへの手土産にしようと思ったら、思いの外簡単に引っかかってくれて助かったよ。」

ビリー含め四人は、先程の男と少女が消えて行った方向へと向かう。

「……あの男が今回の雇い主か。娘がいるなんて聞いていなかったな。」
「ああ、あの東洋人ね。僕も娘の存在は知らなかったなぁ。」

近くで見たビリーはともかく、他の三人は東洋人であることに目を見開いた。

「東洋人!?」
「娘じゃないのか!」
「僕だって知らないよ。後で聞けばいいだろ。」

呆れた様にそう返すビリーに、ひげの生えた男が聞けっこないでしょ、と苦笑した。

「それで?雇い主はどこに行った?」
「最上階の部屋さ。一般人……いやここにいるのは一般人なんて言えるもんじゃないけど、そいつらでも入れない部屋ってわけだ。」
ホールを出て、呼びつけたエレベータに乗る。
最上階に着くと、いかにも、といった風貌のスーツの男五人に囲まれ、額に銃を突き付けられる。
その瞬間、ビリーも自身のスーツからリボルバーを抜き、真正面の男に突き付け返した。

「名乗ってもらおうか。」
「ビリー。ビリー・ザ・キッド。」
「そのリボルバーと早抜き。確かにビリー・ザ・キッドだ。奥の部屋でボスが待っている。」

ビリーの額に触れる冷たい感触がなくなると、他三人も銃を下ろした。

「どうもね。」

何事もなかったように素知らぬ顔で部屋まで歩き、大きな扉をノックした。
少しすると、ギィ、と音を立てて扉が開き、先程の少女が顔をのぞかせた。

「こんにちは。お待ちしておりました。」

にっこりと笑みを浮かべて、四人を部屋に招き入れる。

「遅かったな。」
「勝った分のお金ぐらい回収したっていいだろ。」
「ちゃっかりしやがって。」

にやりと笑われる。
それだけでかなりの凄みがあり、一瞬で光の中の者ではないと判断できる。
だが、ここに並ぶ四人もその凄みで怯むような輩ではなかった。

「それで、アンタがここのボスか。」
「そうだ。そういうお前らはビリーのお墨付きらしいな。」
「馬鹿言え。俺はこいつのお墨付きなんじゃなくて、こいつが俺のお墨付きだ。」

顔に入れ墨のような模様が入った、一際目立つ男とボスである男が静かに視線を絡ませる。
数秒の後、ボスと呼ばれる男がふっと笑った。

「いや、なに。別に信頼してないわけじゃない。そこのアウトローにはよく世話になる。」
「そうか。俺はクーだ。」
「俺は、カルデアファミリーの首領、マリスビリーだ。」
「で?そこのお嬢さんの紹介はもちろんあるんだよね?」

二人が握手を交わす中、ビリーが口を挟む。

「あぁ、そいつは俺の娘、#name1#だ。」
「お初お目に掛かります。#name1#と申します。」

スカートを軽く摘み上げ、ふっとお辞儀をする所作は、さながら貴族のようであった。
誰が見ても彼女がこの場に似合わないのは分かる。
四人がマリスビリーに視線を移し、説明を促すが、その前に#name1#が口を開いた。

「私はお父様に拾っていただいた、血のつながらない娘です。今はどこに出ても恥ずかしくないよう、教育を受けさせていただいております。」
「なるほどね。できた娘さんですねぇ。あ、俺はヘクトール、よろしくな。」
「余はラーマだ。」

娘がそれぞれの自己紹介に微笑みながら頷いて話を聞く様子を見ながら、マリスビリーがクーとビリーと話を進める。

「今回はあいつの警護を依頼したい。」
「何か脅迫状でも届いたのか?」
「そういうわけじゃない。ただ……」

少し口ごもる男の様子に、二人は小さく首を傾げた。

「娘が変な男に言い寄られたらと思うとな……」

この言葉に、ビリーとクーは目を丸くした。
カルデアファミリーはそれなりに人員もいて、規模も大きい。
それでもポリスに尻尾さえ掴ませずに、組織としてマフィアをここまで成長させるにはある程度の暴力が必要だと言うことを知っている。
風邪に運ばれてくる噂もやはりいいものは聞かず、非道なものが多かったはずだ。
そんなファミリーのボスが、こんな一面を見せるとは。

「あんたも人の子ってことか。」
「……風穴空けてぇのか。」
「やめなよ。かわいい娘さんの前でしょ。」

ビリーが含み笑いをしながら、どうどうと落ち着かせる。

「お前に言われると、なんか妙に気が抜ける。……とりあえず、俺はお前らを信用している。信用するのもおかしな話だが。」
「この業界だ。あまり信用しすぎない方がいいぜ。」
「重々承知しているさ。そのためにお前らにもいい報酬払ってんだろ?」
「まぁ、こっちもあんたらを裏切って他につくときは、それなりの覚悟は必要になりそうだし。」

大きな組織から、そしてその道のプロから逃げきるのは、自分たちでも骨が折れる。
それはビリー達も重々承知していることだった。
クーとマリスビリーが詳しい日取りと段取りを話しているのを横目に、ビリーはヘクトールとラーマと話している#name1#を見る。
元々切れ長の目をすっと細めた。
何かを観察、というには生ぬるく、虎視していたところに、クーが退散する旨の声を掛けた。

「もう帰ってしまわれるんですか?」
「あぁ。次会うのは例のパーティだろうが、俺達とは関わるなよ。」
「ならせめて、下まで送ります。お父様、いいでしょう?」
「この建物から出るなよ。」
「ありがとうございます。」

頭を下げて、嬉々としてドアを開けて待つ。
そんなことされたこともない四人は驚きながら部屋を出る。
廊下を出て、先程のガードマンに挨拶をする#name1#を、ビリーは鋭い目付きで見つめていた。
乗り込んだエレベーターの中で、ビリーが口を開いた。

「……あんた、何か隠してるだろ。」
「私?なんでですか?」
「……」

一般人ならすくみ上がってもおかしくない鋭い目付きで睨まれる少女はとぼけた様に返すが、ビリーの空気を察知して他の三人からの目付きも変わったのを感じたのか、溜め息を吐いて両手を上げて降参した。

「分かったよ。私の”お嬢様”は演技。これが本当の性格。どう?ちなみにこれ以上隠していることはないよ。」
「……なんで隠してるのさ。その理由が分からないと、信用できないね。」
「なんでって……お父様がそう望むからだよ。私はあの人に命を救われた、恩返しがしたい。それだけ。」
「親孝行な娘じゃねぇか。」

まぁね、とにっと歯を見せて笑う#name1#は、先程の大人しそうな雰囲気とは一変、快活そうな様子を見せていた。
ただその笑顔が、ますますこの社会には不適合に見えた。
エレベーターも下の階に到着して、一歩外に下りれば、#name1#はまたいつもの演技に自分を隠した。

「それでは皆様。私がお送りできるのはここまでです。すみません。当日はよろしくお願い致します。」

深々とお辞儀をする#name1#に見送られ、四人はカジノへと戻る。

「ビリー、よく気が付いたなぁ。」
「別に、勘だよ。」
「お前の勘は鋭いからな。」

客らに混じりはするものの、一人ならともかく、四人で行動するにはいささか目立つようで、視線が集まる。
浮くような服装もしておらず、今日はスーツを着ていたが、纏った雰囲気が他の客とは違うのは薄々感じるらしかった。
その多くの視線をものともせず、先程の報酬として用意させておいた賞金をビリーが受け取る。
その間にも他愛もない会話が続いていた。

「まぁ、あの子なら変な奴にも引っかかりそうにないけど。」
「違ぇねぇな。」

大金を抱え、カジノを後にする。
アウトローらは大きな仕事に心を躍らせて、ネオン管の光が溢れる街へと姿を消した。


アウトレイジ / ビリー・ザ・キッド

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