「んでよォ、その食事処の飯が…」
「………はぁ………」

お皿の上の甘味を片付け終わって、お皿まで回収されてしまってから、そこそこ時間は経ったはず。
その時間の中で、何度話題が変わったかは分からない。
今天元が話している内容は、遊郭に来てからのごはん事情だ。

「(あれ? あっちは尋問、私は探りの、殺伐とした時間を過ごすはずだった…よね…?)」

なんだこのゆるゆるとした空気は、と内心呆れ果てている。

「オイ、聞いてんのか?」
「え、まぁ、一応……」
「なんだその地味な答えは。」

だって、聞いてないもの、と心の中で返す。何の他愛もない話を、そんなに一生懸命に聞かなければならないのか?
不満そうな表情をする天元は、あ、とひらめいたように顔を上げた。

「お前はどんな飯食ってんだよ。貧相だけど、ちゃんと食ってんのか?」
「食べてます!」

冷えてしまったごはんではあるが。量も満足とは言えないが。
それでも正直、無限城にいた頃の鬼の血が混じったごはんに比べれば、精神衛生上まともなごはんが食べられている。

「ふぅん? その割には貧相だな…」
「……どこを見て言ってるんですか?」

天元の視線が私とは合わず、下へと逸れる。その動きを咎めるように言うと、悪ィ悪ィと笑われた。
ぎりぎりと奥歯を噛み締める。確かに堕姫程豊満な身体ではないが、着物で隠れているだけで一応ちゃんと膨らみはあるのだ。

「……今まで随分と女っ気のある生活だったようですね?」

苦々しく言い放つと、天元の口元がにやりと吊り上った。

「まァ……ご指摘通り、女に不自由はしてねーな。」
「……なんでアンタこんなところに来てんですか。」
「別に女がいても遊郭に通っちゃいけねぇ、なんて掟はなかったはずだがな。」
「まぁ、別にないですけど……」

確かに所帯持ちの殿方が来られることは少なくないし、むしろそういう人の方が多かった。
それだけ金銭に余裕があるのだから、所帯を持っていて当たり前の生活をしているのだから。

ただ、彼らは奥方の話をすると不満の色を纏うのだ。
目の前の彼は、色を隠しているとは言え、不満そうな感じではない。
もしかして、と一つ思い当たるものはあるにはあるが。

「…まさか、人に言えないような性癖が…?」
「馬鹿! 違ェよ!」

長い腕が伸びてきて、私の頭を小突く。彼の筋肉のせいで、小突くと言うほど軽い衝撃ではなかったが。
痛ぁ、と頭をさする私を見て満足したのか、天元は鼻を鳴らし、事情があんだよ、とそっけなく呟くように返答された。

「(事情……これは当たりかなぁ……)」

そんなことをぼんやりと考えていると、それより、と天元の言葉によって思考を切られた。

「俺が贔屓にしてた遊女がいきなり消えたんだが、知らねェか?」

いきなり核心の話をされて、一瞬身体が固まった。
心当たりは、ある。ただ、それが堕姫が狙った遊女であるのか、それとも駆け落ちに失敗して折檻された遊女なのかは判別がつかない。
それでも、下手なことは言えない。
まだ天元が鬼殺隊なのか、本当に贔屓の女を探しているだけなのかさえ、はっきりとは分かっていないのだ。

「……さぁ? その人の名前は?」
「霧里、だ。聞いたことねぇか?」

霧里はうちの店の遊女だったはずだ。
私が今ここで真実を言わなくとも、他の姉様達に話を聞けばすぐに分かってしまう。
勿論下っ端だから知らなかったと言えばそれまでではあるが、変に疑われて堕姫まで辿り着かれても困る。
それに、情報を与えつつ縁を繋いでおけば情報も操れるし、どこまで握っているかの把握もできる。上手くいけば情報を奪うこともできる。
ならば、ここで嘘を吐くのは賢くない。

そう考えて小さく深呼吸をして、私の言葉を待つ天元に回答した。

「知ってるよ、霧里姉様。私は折檻されたのか、夜逃げしたのかと思ってたけど……」
「そういうことは日常茶飯事なのか?」
「……少なくはない、と思う。」

逃げ出したいと思っている遊女は多い。三食と寝床があり着飾ることはできるものの、過酷な労働や病気と隣り合わせの仕事だ。普通の感性であれば、借金なんてなければとっくに逃げ出しているだろう。
それでも、そんな様子をお客には見せないのが姉様達の精神だ。彼女らの努力を踏みにじるわけにもいかず、言葉を濁し、視線を落とすことで天元を視界から外しながら返答した。

ただ、ここ最近は姿を消す遊女の数が多くなっていることは、私も知っている。
その違和感も言うべきか…

視線をちらりと上げると私の言葉を待っているのか、天元は静かにこちらを見つめていた。
彼の眼は敵意や鋭さはないものの、私の一挙一動を見落とさんとせんばかりの真剣さを帯びている。その観察眼から、駆け引きのど素人の私が逃げられるわけがない。
それだったら、とできるだけ身体を縮こませて、深刻そうな表情を作る。

「……それでも最近は、多い、かも……」

怖がっているひ弱な、一人の遊女見習いを演じた方がきっと都合がいい。天元も、付けこみやすくなるだろうと考えた。
鋭い視線に射抜かれながら彼の次の言葉を待つ。ぎゅっと握りこんだ手の平はじんわりと汗をかき、極度の緊張から耳から聞こえる音もぼんやりとしか聞こえない。

「そうか。」

顎に手を当てて何かを考える様子の天元の視線は漸く私から外れた。
内心ほう、と息を吐き、何かしら私も情報を得るために頭を働かせる。

「天元はいつからここに? お気に入りの人がいるってことは、そこそこ長いの?」
「ん? あー、そうだなぁ……まぁ、通ってる方じゃねぇか?」
「……まだ、いてくれる?」

少し震えたような声を出す。その声が媚びた女のような声色で、自分で自分に吐き気がした。
そんな私の様子を見て、天元は目を開いた。

「……お前がそんな女らしいことを言うなんてな。」
「煩いな。」

一瞬で剥けた化けの皮に、正直ほっとした。媚びる仕草は、どうにも私の性には合わない。

「いいよもう。天元じゃなくて他の人、頼る。」

むすっと文句を垂れると、大きな影が伸びてきた。先程頭を小突かれた痛みを思い出して、慌てて手で頭を庇うように押さえるが、天元の手の平は、手ごと私の頭を覆った。
握りつぶされる!、とぎゅっと目を瞑っていると、その大きな手は私の頭を前後に往復した。
そろりと天元を見上げると、優しい笑顔を浮かべていて、次は私が目を見開く番となった。

「用事も済んでねェし、まだいてやるから心配すんな。」
「あ……うん……」
「どうせ頼る”他の人”もいねーんだろ?」
「……今から作る。」

禿をやっている私に頼るような客もいない。天元はそのことを分かった上で、頼る様に言ってくれたのだろう。

「(……絆されないし。)」

私は堕姫の、無惨様の味方で、天元もとい人間の敵なのだ。
このくらいの優しさだけで、絆されたりなんてしない。

そう思いながら、心に灯った暖かい感情に気が付かないふりをして、まだ私の頭を撫で続ける天元の手を押しやった。

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