イルミ



 目の前に置かれた食事に鼓動が早くなるのを感じた。

 食べたい食べたい食べたい。何にも入ってない胃に優しいはずの湯気が立ったお粥が食べたくて仕方ない。けれど、よく考えろ自分。食事に必要なのは空腹とスプーンやフォーク、もちろんこれから食べる料理が必要ね。そう、それは、ある。しかし、私にはそれらを使う手がないのだ。いや、手がないというのは語弊があるかもしれない。手はあっても動かせばジャラジャラ音がするだけで、思い描く様には動かない。

「食べさせてあげる」

 彼の真っ黒な目に見つめられると背後から首を絞められているような圧迫感が襲った。目を合わせてはいけない。顎を掴まれても必死に顔を背ければ、それが気に食わなかったのか顎を掴んでいた親指を口の中に突っ込まれる。舌を押したり喉の奥を確かめるようになでられるそれに感じるのは不快感。んぐ、と汚い音だけがこの部屋に響く。

「俺が優しくしてあげられる内に食べなよ」
「っひ!んぐぅっ」
「わかった?」

 首をぶんぶん縦に振れば物分かりの良い子は好きだよ、と口の中にあったイルミさんの親指が抜かれる。咳をして息を整えるように大きく空気を吸う。彼は何か考えている様子で唾液で濡れててらてらと光る親指をまじまじと眺め、そしてぱくり。今度は自分の口に入れた。

「っイルミさん!」
「ん、君の唾液の味がする」
「汚い、から、やめてください」
「そう?じゃあ食事の続きね。はい、あーん」

 こんなに冷たくて甘さの含まないあーんがあるなんて、知らなかった。イルミさんは表情が変わらないからさっきみたいに指を入れるときも、あーんと言うときもどんな気持ちなのかが全然分からなくて、意図が全く読めない。

 声を荒げて怒ることもないけれど、笑うこともない。

「俺の顔をみて楽しい?」
「っごめんなさい!」
「別にみたいなら見れば?俺も顔見たいから丁度良いよ」

 ああ。狂ったディナーはまだ終わらない。


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