「待てキッドォーー!!今日という今日はお前を捕まえてやるーっ!!」
「残念ながら警部…私はあなたに捕まるほど、間の抜けた怪盗ではありませんよ?」
「な、なにぃ〜〜っ!?」
俺の名前は黒羽快斗。
噂の怪盗1412号…通称怪盗キッドの正体はこの俺だったりする。
今夜も青子の親父を含めた警官達を手玉に取り、ターゲットの宝石を楽々ゲット。
俺の手にかかりゃあ警察なんて相手じゃないぜ!
「それでは警部、またお会いしましょう。満月の輝く夜に…」
天下の大怪盗となって早数ヵ月。
今宵も白い翼で黒き闇夜を駆け抜けるカッチョイイ俺。
残念ながらお目当ての宝石はパンドラじゃなかったが、今回の鬼ごっこもなかなか楽しめたぜ中森警部!
こんな感じで俺の怪盗生活は順風満帆そのもの。
全ての駒が俺の計画通りに動いてくれるわけだ。
……だけど、私生活の方は案外そうでも無かったりする。
「名前せんぱーい!!おはよーございまーす!!」
「おはよう黒羽くん。今日も元気だね」
「はい!黒羽快斗、今日も全力で生きてます!」
爽やかな笑顔で挨拶をするこの大和撫子は、名字名前ちゃん。
学年は俺より1つ上だけど、歴とした俺の彼女だ。
……多分。
「ところで先輩、」
「うん?」
「その“黒羽くん”って、そろそろやめません?」
「え?どうして?」
「だっ、だって俺達付き合っ」
「名前大変!今日1時間目体育に変更だって!」
「えっ、ほんと!?ごめん黒羽くん!私もう行くね!」
「うえっ!?ちょっ、名前先輩!?」
俺が唯一、手玉に取れない相手。
それがこの名前ちゃん。
江古田高でもトップクラスの美人で成績優秀。
何事もチャレンジ精神が大事だと思い、ダメ元で告白してみたら見事OKの返事!
ってわけで3ヶ月前から俺達は、いわゆる恋人関係だ。
念願のカノジョ!
最も出逢いたくない恋人といったら江戸川コナンだが、最も出逢いたい恋人といったら名字名前ちゃんしかいない!
毎日熱〜いスクールライフを送って楽しんでやるぜ!…なーんて思ってたのに、俺達の間には未だビミョーに距離があるっつーか、見えない壁が立ちはだかってるっつーか…。
「なぁなぁ名前せんぱーい」
「うん?」
「念のため確認したいんですけど、俺達って付き合ってるんですよね?」
「え……そうだっけ?」
「ひ、ヒドイっ!!」
「あははは!冗談よ、冗談!付き合ってなかったらこうやって毎日一緒に帰ったりしてないって…」
「もう!だったらからかわないで下さいよ!」
そりゃあさ?
江古田高で1、2を争うほどの大和撫子が俺の彼女なんて身の程知らずかもしれねぇけどさ?
付き合って3ヶ月だぜ?
それなのに未だキスはおろか、手すら繋いでねぇってどーよ?
「でもほんっと、」
「え?」
「黒羽くんて面白い子よね。一緒にいて全然飽きないもの」
「…それって褒めてるんですか?」
「あら、盛大に褒めてるつもりだけど?」
「…ソーデスカ」
全っ然褒められてる気がしねーんだけど…。
っつーか、思い返せば告白したのも俺からだしデートだって毎回俺から誘ってるし…。
もしかして名前先輩にとっては俺ってただの遊びか…!?
だとしたら俺…マズイんじゃね?
「もう…黒羽くんまた拗ねてる?」
「へ?別に拗ねてなんかないっすよ?」
「…嘘つき。だってさっきからこーんな風に口尖らせてるよ?」
「…」
俺、そんな顔してねーし…。
「もういーから早く帰りましょうよ。俺、今晩用事あるんで!」
「あ…うん…」
先に歩く俺の後ろから、名前先輩の靴音が響いてくる。
あーあ…。
いつまで経っても成長しねぇな、俺…。
夕陽に包まれた大小2つの影がゆらゆらと揺れるのを見ながら、自分のガキっぽさに呆れた。
「…ねぇ、黒羽くん」
「はい?」
「黒羽くんのそーゆー子供っぽいところ、私好きよ?」
「……は?」
いきなり何言ってんだ…?
「そうやってすぐ拗ねたりいじける黒羽くん、何だか可愛いもん」
先輩はそう言って、微笑みながら俺のおでこをチョイと突っついた。
…またそうやってガキ扱いかよ。
「…そうですかぁ?俺は先輩の方が100億倍可愛いと思いますけど?」
つーか男に向かって可愛いとか褒め言葉になってねーし!
何でいつもいつも俺ばっかり…。
「や…やだ黒羽くん何言ってるのよ!!」
「…へ?」
「やめてよね!そーゆー事平気な顔して言うの!!」
プイッ、と顔を逸らせ、俺の先を歩き出した名前ちゃん。
しまった、怒らせちまったか。
そう感じて慌てて追うと、先輩の長い髪から覗いた耳が、少しだけ赤くなっている事に気が付いた。
「…もしかして先輩、」
「えっ!?」
「あ…」
振り向いた先輩の顔は、俺の予想通りやっぱり赤くなっていた。
へぇー…先輩もこーゆー顔もするんだ…。
「な、何!?人の顔ジーッと見ちゃって…」
「ああ、いえ別に?ただ…」
「ただ…何?」
「何で先輩はこんなに可愛いんだろうなーって見とれてただけです」
「なっ…!と、年上をからかうのはやめなさい!」
「へへーん!」
さっきの仕返しだ!
「あ…ねぇ、黒羽くん」
「はい?何すかー?」
「あの…ちょっと聞きたい事があるんだけど…」
「聞きたい事?」
「うん…。友達から聞いた話なんだけど…」
「ん?」
「く、黒羽くんって…同じクラスにすごく仲の良い女の子がいるらしいじゃない?確か、中森さんとかいう…」
「ああ、青子の事ですか?アイツとは別に特別仲が良いってわけじゃないっすけど…まぁ昔から知ってる奴なんで他の女子と比べたら一緒にいて楽っちゃ楽っすね!」
「…そう」
「アイツが何か?」
「ううん、ちょっと聞いてみただけ」
「ふーん…?」
ま、アイツは俺にとっちゃもはや女じゃなくて性別不明のアホ子でしかねぇけどな。
「…ねぇ黒羽くん」
「はいはい何ですか?」
「…キス、しよっか」
「えっ…………」
ドサッ、と。
肩に乗せるように持ってた自分の鞄が、音を立てて地面に落ちた。
「…ごめん。少し妬いちゃった」
そう言って赤い舌をチラリと出して微笑む名前先輩。
先輩のつけてるリップクリームだろうか。
熱を帯びたままの唇から、甘い匂いがするのを微かに感じた。
「…私、明日から快斗って呼ぶ」
「えっ…?」
「だから黒羽くんも、私の事は名前って呼んで。もう先輩なんてつけなくていい。ってかつけちゃダメ。分かった?」
反射的に頷くと、先輩は花の様な笑顔を俺に向け、呆然としたままの俺を残して帰っていった。
「何だよ…あれ…」
いちいちズリィんだよ、先輩は…。
落ちていた鞄を拾い上げ、無意識に唇へと指を這わせた。
まだ熱を持ったままの自分の唇と、いつまで経っても鳴り止まねぇ心臓の音。
こんな状態でその日の仕事が完璧にこなせるはずもなく、ボロボロになりながらの攻防戦だったのは言うまでもない。
やっぱり俺の彼女は、警察なんかよりよっぽど厄介で扱いにくいんだ。