好きだ、って…。
確かにこの人はそう言った。
まさか工藤くんから告白されるなんて思ってなかっただけに、私の心は一瞬にして大きく揺れ動く。
「く…工藤、くん…?」
恐る恐る名前を呼んでも、工藤くんは丸くて青い瞳を微かに細め、じっと私の事を見つめてくるだけで何一つ言葉を発しなかった。
にわかに信じられない気持ちと、ちょっとだけ嬉しく思う気持ち。
心臓があまりにも速くなっている事に気を取られ、自分から目を逸らす事が出来ない。
「え、ちょっ…!?」
近付いてくる工藤くんの顔に驚いて後ろに下がると、工藤くんの小さな手が後頭部に回された。
「ね、ねぇ工藤く」
「いいから黙れ」
「で、でも…」
「喋ってたらキスなんか出来ねぇだろ?」
「はあっ!?」
キキキ、キス!?
「ちょちょちょっ、ちょっと待って!待ってってば!!」
「無理」
むっ、無理じゃなーい!!
そもそも何で工藤くんは付き合ってもいない私とキスなんかしようとするわけ!?
大体工藤くんには毛利さんがいるじゃん!
それなのにこんな事しようとするなんてもし毛利さんにバレたら大変だよ!?
体の関節全部逆に折られるよ!?
それ分かってんのこの人!?
「…おい、」
「へっ!?」
「目ぐらい閉じろよ」
「や…あの…ほ、ホントにするの!?」
「しつけぇなー…。オメー俺とキスするのがそんなに嫌か?」
「い、いや…別にそーゆー意味で言ったわけじゃなくて、」
「なら大人しく目瞑れ」
だ、だから違うってばー!!
私今までキスはおろか男と付き合った事すら無いんだから急にキスなんかせがまれたってどうしたらいいか分かんないよ!!
てゆーか工藤くんと私ってそーゆー仲だった!?
私が知らないだけで実はだいぶ前から付き合ってる間柄だった!?
いやいやいやいやいくらなんでもそれは無いっ!!
じゃあこれは工藤くんからのマジ告白!?
まさか工藤くんがこんな大胆な性格だったなんて……あっ!
そ、そーいえば最近テレビで草食系男子を落とすには逆に女から積極的になった方がいいって言ってたような…。
じゃあ私からもグイグイと攻めた方がいいの!?
「工藤くんて意外と積極的なのね♪いいわよ、私の純情あ・げ・ちゃ・う!」とか言ってあげるべき!?
でででっ、でもそんな事言ったらまるで尻軽ですってアピールする事になっちゃうしそれに私は工藤くんなんか全く恋愛対象じゃないし…!!
ああーもうどうしたらいいか分かんないよ…!!
「…ぷっ、」
「…え?」
唇があと数cmで当たるってところで、いきなり工藤くんは肩を震わせ笑い出した。
「くくく…あははははは!!何だオメーそのアホ面!わ、笑わせんじゃねーよあはははははっ!」
「…」
え?
な…なに?
「今のは冗談だよ、冗談!」
「じょ、冗談…?」
「オメーが俺の知らねぇ間にコナンの正体が工藤新一だって誰かにバラしたりしねぇか見張ってんだよ!あー腹痛ぇ…」
「……」
そう、だよね…。
私、なに1人で焦って勘違いしてるんだろう。
工藤くんが私の事を好きだなんて、どう考えたって有り得ない。
工藤くんは端から見ても毛利さんと仲が良いし、クラスのみんなも夫婦だの学年一のスーパーカップルだの言ってるし…。
「も…もうやだなぁ工藤くんったら!マジで私に惚れてるのかと思ってビックリしたじゃーん!」
「あのなぁ、俺が名字に惚れるわけねーだろ!?どこにそんな要素があんだよ!」
「っ…そ、そうだよねー!私みたいな女、工藤くんが相手にするはずないもんねー!それにまともに会話したの、この前が初めてだし!あははははー!」
何だ、何だ、何だ?
この居心地の悪い感覚は。
工藤くんは性格悪いって概念は持ってるはずなのに、何で私こんなにガッカリしてんの?
…私、いつの間にか工藤くんに何かを期待してた?
「でも名字に会いたかったのは本当だぜ?」
「…え?」
「ま、確かに名字とはそんなに話した事無かったけどよ…。一応クラスメイトではあるしな。だからオメーがどんな人間なのか観察してみたくなったっつーか何つーか…」
「……そう」
一応クラスメイト、か…。
ま、いーけどさ。
事実は事実だし。
でもなーんか雑誌のおまけと同類だって言われてる様な気分…。
「まぁ、その…あれだ…」
「え?」
「だ、だから!えっと…」
「…何?」
「……悪かったな。いきなり押しかけちまって…」
そう言って工藤くんは、小学生らしい小さな手で私の頭をポンポンと撫でた。
…あれ?
この撫で方、前にもどこかで…。
「ま、名字も丁度暇だったわけだし、寧ろ俺が来てやってラッキーだったな!」
「…」
その上から目線、どうにかならないのか…。
「た…確かに暇だったけどでも」
「ほーう?さっきは昼寝で忙しいって言ってた癖に暇だったって認めんだ?」
「…」
このガキ、いちいちウザい…。
「…だからって、人のプライバシーを無視して家の中に侵入する権限は無いと思う」
「あのなぁ、探偵ってのはそーいう職業なんだよ。恨むんなら俺じゃなく探偵って職業を恨め」
「……」
言ってる事が無茶苦茶すぎる…!
「あ…じゃあさ、うちに勝手に入った罪滅ぼしとして1個だけお願い聞いてよ」
「は?お願い?」
「うん。今日だけでいいからさ、私の家庭教師になって勉強教えて?」
「…はぁ!?何で俺が」
「いやぁ〜、実は高校入ってからずーっと数学の点数が上がらなくてさぁ〜」
「断る」
「あ、そう?じゃあ毛利さんにバラしちゃおっかな〜…」
「……ちっ、仕方ねぇなー…」
「やりぃ!」
「だけど1回でも俺の教え方に文句言いやがったらぶん殴るからな!」
「ほーい!分かってまーす!」
そうして私は工藤くんから数学を教えてもらう事になった……のだけど。
「痛っ!」
「だからそこ違ぇっつってんだろ!?何回も言わすなこのバカ!」
「だって工藤くんの言ってる事全然分かんないんだもん!」
「オメーの理解力が無さすぎなんだよ!」
「いーや、絶対違う!工藤くんの教え方が悪いんだっ!」
この日から私は、何故か連日工藤くんの超絶鬼畜ぶりを味わう事となった。