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Zauber Karte

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片方だけのエメラルド


「ただいまー…」


新ちゃんに背負ってもらったお陰で、雨に濡れる事も無く無事に帰宅した私。
けれど、自宅に着いた時には既に19時を回っていた。
もちろん、普段私が帰ってくる時間なんてのはとっくに過ぎている。
虫の居所が悪ければまたビンタかな…なんて覚悟を決めていたけれど…。


「お〜う、遅かったなぁ〜…」


お姉ちゃんが機転を利かせ電話を入れておいてくれたのか、お父さんは遅く帰宅した私を咎めたりはしてこなかった。
ああ、ありがとうお姉ちゃん…!


「うわ、またお父さん飲んでるの?そろそろ禁酒考えたら?」
「うっせぇなー…。オメーまで英理みてぇな事言うなよ…」


既にどうしようも無い程に酔っ払っているダメな父親へのお咎めもそこそこに、真っ先に自室へと向かい机の周りを探った。
夢で見た事が本当だとしたら、きっとここにあるはず…。


「……あった」


机の棚に、ひっそりと置かれた小さな籠。
そこには小さな保存ケースと洗浄液が入れられていた。
…そう。
私が探していた物は、夢の中の自分が必死になって探していたあのカラコンだった。
ほんの少し埃を被っていたけれど、それは紛れもなく、私がここに来る直前まで使われていた証。
…そういえばこの前。


−そういえばあんた、最近してないわね?−
−え?何が?−
−…ううん、別にいいわ−


園子が何を言ってるのか、あの時は分からなかった。
だけど…うん、きっとこのカラコンの事だ…。


カタン


ケースを開くと、エメラルド色の綺麗なレンズが保存液の中でユラユラと揺れていた。


「……」


そういえば何で、この色に合わせたんだろう…?
私の目は、片方はエメラルド色。
もう片方は、澄んだブルーをしている。
何故、毛利杏はこっちを…?
私の考え過ぎかな…。
特に理由なんて無いのかもしれないし…。


「ただいまー!杏いるー?」


…そうだ。
お姉ちゃんに聞いてみれば何か分かるかもしれない。
急いで籠を元の場所に戻し、リビングへと向かった。ら……。


「もうっ!杏ったら何で屋上なんかにいたのよ!?ケータイにいくらかけても通じないし様子を見に行こうとしたら屋上には鍵かかってるし挙句の果てに保健室で寝てるしっ!」


案の定、叱られた。
理由を鬼の形相で聞いてくるお姉ちゃん、物凄い迫力だ…。
これは聞けそうにないなぁ…。


「えーっと…実はお昼寝しちゃって…」
「お、お昼寝!?」
「う、うん…。授業出るのダルくなっちゃってボーッとしてたらつい寝ちゃって…。それでたまたま居合わせた富田先輩が起きない私を保健室まで運んでくれて…」
「だったら何でメール入れといてくれないのよ!!」
「ご、ゴメンナサイお姉ちゃん…!悪気は無かったんです許して下さいっ…!」


ああ、あと1回怒鳴られたら泣くわ。
そう覚悟していたら、怒りに歪んでいたお姉ちゃんの表情が柔らかくなった。


「…でも、無事で良かった」
「え?」
「そっか、ただ寝てただけだったんだ…。アイツらも1時間目いなかったから、もしかしたら…って心配してたんだよ?」
「っ…」
「だけど、もうあんな所でお昼寝なんかしたらダメよ?最近の杏、何だか危なっかしいし…。お姉ちゃん、心配だから…」
「…うん」


ごめんね、お姉ちゃん…。


「ごめんなさい…」


本当に、ごめんね…お姉ちゃん…。
平気で嘘なんかついて、ごめん…。


「さっ!時間も遅いし夕飯にしよっか。杏は早く着替えておいで」
「うん」
「今日も焼きそばでいい?」
「いいよー何でも」
「おいおい勘弁してくれよ…昨日も焼きそばだったじゃねーか…」
「お父さん、そーゆー事言わない。お姉ちゃんはどっかの誰かと違って忙しいんだから仕方無いの!」
「あ?どっかの誰かって誰だよ?」
「自分で考えたら?」
「……」


大体お父さん、お姉ちゃんに家事全部任せてるくせにいちいち煩いんだよ!
いいじゃん、焼きそば。
お野菜も摂れるし洗い物も少なくて済むし!


「そうそう、さっきはごめんね?」
「え?何が?」


台所で夕飯作りの手伝い(私は野菜を洗うだけだけど…)をしていると、お姉ちゃんが唐突に謝ってきた。


「お迎えよ。ほら、大会前だから長引いちゃって…」
「ああ、気にしないで。ちゃんとあのオタッキー新ちゃんに送ってもらったから…」


直後、バサッと何かが落ちる音がした。


「…お姉ちゃん?」


見ると、お姉ちゃんが私を驚いた目で見つめたまま、冷蔵庫の前で硬まっていた。


「…お姉ちゃん、焼きそば落っこちてるよ?」
「えっ!?あ…ご、ごめん…ボーッとしちゃった…」
「…お姉ちゃん?」
「え?」
「平気…?何だかビックリしてたみたいだけど…」
「あ、ううん!何でもないの!」
「ならいいけど…」


お姉ちゃんの反応、何だか変だったな…。


「杏…新一に送ってもらったんだ?」
「え?うん…。だって新ちゃんに私をお願いしたの、お姉ちゃんでしょ?」
「…え?」
「新ちゃん言ってたよ?部活で遅くなるから、私を待ってる様に言われたって…」
「……」
「お姉ちゃん?」
「っ、あ…そ、そうだったよね!ごめん、何だか今日疲れてるみたい…」
「えっ…大丈夫?」
「平気よ。きっと寝れば良くなるから…」


お姉ちゃんは気丈に振る舞ってるけれど、あまり顔色は良くない。
部活、ハードすぎるのかな…?


「おい杏!もう1本ビール持って来い!」
「やだよ!自分でやって!」
「ケッ!親の言う事ぐれぇ素直に聞きやがれってんだ…」


ああ…また始まったよ。
言う事を聞かないとすぐコレだ…。


「お姉ちゃん、ビール冷えてるのある?」
「あ、うん…」


仕方ない、これを餌にあの事を聞いてみるか…。


「…ねぇお父さん。ビールあげる代わりにちょっと教えて欲しい事があるんだけど」
「あんだぁ?」
「あのさ…この前私、家を飛び出したじゃん?その時、何で喧嘩したんだっけ…?」


私が聞くと、お父さんは視線を上に向け、何かを考え始めた。


「喧嘩ぁ…?そーいやオメェ、あの日いきなり飛び出してったなー…」
「っ、何で!?何で出て行ったの!?」
「そりゃあオメェ……アレよ」
「な、何?」
「だぁからほら…アレだよ…」
「もう!だからアレって何よ!?」
「……」
「……」
「……ぁんだっけ?」
「ガクッ…」


ダメだこりゃ…。
素面の時に聞き直すしかないっぽい…。


「…あれ?お姉ちゃん、」
「うん?」
「この焼きそば、キャベツ入ってないよ?」
「えっ?…あ、ごめん忘れてた!」
「おいおい…キャベツのねぇ焼きそばなんて聞いた事ねーぞぉ?」
「だからごめんってー…。今日はこれで我慢してよ。ね?」
「ったく…」
「……」


料理のプロフェッショナルであるお姉ちゃんが一番存在感のあるキャベツを入れ忘れるなんて…!
これはちょっとホントに危険かもしれない…。
え…ちょっと待って?
じゃあそのうちお姉ちゃんの疲れが限界点超えて入院…なんて事になったらうちどーなるの!?
誰がご飯作るの!?
誰が家事するの!?
もう家庭崩壊の道まっしぐらしか無くない!?
……よし、頃合いを見て空手部の部長に抗議しに行こう。
密かにそんな決意しつつ、真新しい日記帳に記念すべき1ページを綴り、その日は特に何もなく過ぎた。


bkm?

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