「杏っ!!」
騒がしく我が家のリビングに乱入してきた謎の美少年は、ここが他人の家だっていう事に果たして気付いてるのだろうか。
いや、気付いてたらこんな態度にならないか…。
っていうか、突然何事?
「ちょっと新一!上がる前にインターホンぐらい鳴らしてよ!」
「バーロォ!んな余裕あるかっ!」
弄ってたケータイを思わず落としそうになる。
えっ、嘘…!
こっ、この人が工藤新一!?
「それより杏ーっ!」
「わぁっ!」
「オメー何処で何やってたんだよ!本気で心配したんだからな!?」
「くっ、苦し…」
「どこか痛ぇところは!?」
「っ!?」
「身体の具合は!?」
「ちょっ」
「熱は!?」
「やめ」
「怪我はねぇか!?」
「どっ…!」
「私の妹に何やってんのよ変態ーっ!!」
「ぐはっ…!」
工藤新一(仮)は、一寸の遠慮もなく私に抱き着いて頬擦りをしてきた。
かと思えば、どさくさに紛れて私の身体をくまなくタッチしてくるド変態野郎だった。
そして私はお姉ちゃんの華麗なキックで救われたわけだ。
「いくら幼なじみだからって、インターホンも鳴らさずにズカズカ入っていいわけないでしょ!?ホームズばっかり読んでないで常識と礼節とマナーくらい学びなさいよ変態推理オタク!!」
さすが私のお姉ちゃん!
私が言いたい事全部言ってくれた!
「っあー、痛ぇ…おい蘭!テメェ思いっきり蹴るんじゃねーよ!」
「私の妹にセクハラ行為をした罰よ!」
「セクハラって…俺はただ確認したかっただけだ!」
「あーら、違った?でも顔に書いてあるわよ?もっと杏にイヤラシイ事したかったーってね!」
「ばっ…!お、お、オメー何言ってんだよバカじゃねーの!?」
うわぁ…。
顔を赤くするって事は、お姉ちゃんの推理もあながち間違いではないんだ…。
とんでもないド変態だな、この人。
「それより杏!具合は!?」
「へ?」
「蘭から聞いたぞ?オメー、酒なんか飲みやがって…」
「あ…えっと…ご、ごめん…なさい?」
「なさい?じゃねーっつーの!」
「いたっ!」
「ったく…。こういう事はコレっきりにしろよ?あんまり家族に心配かけんな」
デコピンが地味に痛いんだけど…!
っていうか、二日酔い酷いなぁ…。
治るどころかどんどん悪化してきてるんだけど…。
これって身体が中学生だから?
それとも何か理由があるの?
「なぁ、蘭…。杏の顔色、悪くねぇか?」
「え?あ…ほんとだ…。杏大丈夫?気分悪いの?」
「へ、平気だよ。ただの二日酔いだって…」
「二日酔いならもうとっくに治ってるはずだぜ?」
「えっ、そうなの?」
「まぁ個人差はあるから断定出来ねぇけど、通常は酒を飲んでから24時間も経ってりゃほとんどアルコールは分解されてるって考えるのが普通だよ…」
「へー…」
さすが高校生探偵に抜擢されるだけあって、言い方とか態度とか既に偉そう…じゃない、堂々としてるわ…。
「ねえ、新一くんはどこでそういう知識を身につけるの?やっぱりネット?」
私が聞くと、新一くんとお姉ちゃんは何故か口を開けたまま固まってしまった。
…何、どうした?
「おーい、2人とも息してるー?」
「…はっ!」
2人の前で手を振ると、先に我に返った新一くんが慌てた様子で私の肩を掴んだ。
「し、し、新一くん…だと!?」
「え?あ、あの、」
「一体どうしちゃったのよ杏!今まで新一の事は新ちゃんって呼んでたじゃない!」
「…」
あーらら…やっちまったー…。
「ふ、2人ともそんなに驚かないでよ大袈裟だなぁ…。わざと違う呼び方で呼んだらどうなるかなって思っただけだし…」
「えっそうなの?」
「おいおいビックリさせんなよー…」
「あははは、ごめんって…」
ぎりぎりセーフ…。
呼び名の事まで頭回らないっつーの…!
「…っ…頭、痛い…」
「ったく、酒なんか飲むから…」
「新一うるさい。杏大丈夫?どうする?病院行く?」
ああ…頭痛に加えて目眩までしてきた…。
「だいじょぶ。平気…。鎮痛剤で様子見るよ…」
「で、でも顔色が…」
「平気だって…。少しベッドで横になれ、ば…」
あ…違う、これ…。
二日酔いなんかじゃない…。
身体熱くなってきたし、なんか…本気でヤバいかも…。
冗談抜き…で…早く…寝……。
「お、おい杏!しっかりしろ!」
「杏っ!?」
「顔が赤い…。熱あるんじゃねーか?」
「私、体温計持ってくる!新一は杏をベッドに運んで!」
朦朧とする意識の中、誰かが私の身体を抱え、柔らかい場所へと降ろした。
…これ、布団…?
「ったく、身体弱いんだから無理すんなっつーの…」
「……」
あ、れ…?
この声…どこかで聞いたっけ…?
「うわ、熱っ!やっぱ熱あんじゃねーか!」
「…ぁ、」
「ん?どうした杏?」
そうだ…思い出した…。
初めて…この世界で接した人…だから…。
「……と、」
「え?」
「かい…と…く…」
「……」
ああ…何でかな…。
今朝別れたばかりなのに…どうして…。
「…杏?」
眠りにつく直前、彼が、目の前に居たような気がしたのは覚えている。
ダルくて重くなった腕を伸ばして、フワフワの癖のある髪の毛に触れようとした事も。
けれど、私が記憶してるのはここまで。
「…快…斗…」
「……」
まさか、指先に触れたのが新ちゃんだったなんて、その時の私は、思いもしなかった。
「……あ、れ?」
私……いつの間にか寝てた…?
さっきより楽になったけど、まだ少しダルいな…。
何となく部屋の中を見回すと、ここが自分の部屋だという事はすぐに分かった。
飾ってある置物や服、カーテンやインテリアに見覚えがある気がしたから。
「……」
身体は毛利杏で、頭脳は私…か…。
何だかコナンみたい…。
「…あ、杏起きちゃった?」
「お姉ちゃん…」
「身体の具合はどう?」
「うん…結構落ち着いた…」
「なら良かった」
氷水を入れた洗面器を抱え、お姉ちゃんが私の額に乗ったタオルを冷やす。
「それにしても新一ったら、連絡してすぐに飛んで来るなんて…杏の事がよっぽど心配だったんだね?」
「あはは…」
まぁ、それもあるかもしれないけど…。
1番はやっぱり、お姉ちゃんに会いたかったからじゃないかな。
だって小さい頃から蘭ちゃん大好きなんだもん、新一くんは。
「ふふっ、それもそうよね。杏は新一の大事な彼女なんだし」
「……………は?」
お姉ちゃんの瞳が、少し。
ほんの一瞬だけ、憂いを帯びて悲しげに見えた。