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Zauber Karte

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カラスの女


「ごきげんよう、毛利さん。私達からのラブレター、受け取ってくれたかしら?」


ああ、やっぱり来た。
十中八九…と思ってはいたけど、予想通り彼女達は絡んできた。
コイツらはあの3人がいない時にしか、私には近寄って来ないから。


「あ、そうそう。あなたの為にお花を飾っておいたの。どう?キレイでしょ?」


背後から投げかけられた言葉に顔を上げると、机の上には立派な花が置かれていた。
…ほんと、キレイ。
今まで見た事無いよ、こんな豪華な仏花。


バシャッ


「きゃっ…!?」
「勉強の邪魔だから返すよ」


こういうやり取り、こっちの世界に来てからもう何度目なんだろう。
昨日は下駄箱に画鋲を入れられ、一昨日は机の中に生ゴミを詰め込まれ、その前は…何だったかな。


「っ、ちょっと待ちなさいよ!!」


何もかも、めんどくさくって。
いちいち相手にするのも億劫で。
背後でキーキー金切り声が聞こえる中、そんな気分のまま廊下を歩いていると、屋上へと続く階段から風が入ってきているのを感じた。


カチャ


初めての学校の屋上。
普段は立入禁止のはずなのに、今日はどうして開いてるんだろう…?
そんな疑問が湧き起こるも、すぐにどうでも良くなった。
どうせ用務員さんが鍵をかけ忘れただけだろう。
授業をサボるのには丁度いい。
引き寄せられる様に鉄柵に手をかけ、誰もいないグラウンドを眺める。
ふと見上げれば、頭上には蒼空が広がっていて、心地よい初夏の風が私の体を包み込んだ。


「……」


この風は、一体どこからやってきたのだろう。
そんな意味も無い事を考えながら、目を閉じて、自分が元々いた世界の事を思い出そうと、思考を張り巡らせる。
だけど、いつも無理なんだ。
自分の親の顔も、友達も、住んでいた場所も。
日に日に思い出せなくなっている。
私は、誰?
何でここにいるの?
誰に問い掛けるわけでもない。
ただ静かに吹く風に呼吸を合わせながら、全てを知ってる人なんてきっとこの世界にはいない、と。
今、自分がここにいる事を密かに嘆いた。


ヴーーーッ、ヴーーーッ


ポケットに入れていたケータイが着信を知らせ、お決まりの人物の名前が画面に浮かぶ。


「あ、杏今どこにいるの!?もうすぐホームルーム始まっちゃうよ!?」
「…」


ごめんね、お姉ちゃん。
今はそんな気分じゃないや…。


「ごめんお姉ちゃん。私、今日サボる」
「えっ!?」
「屋上にいるから何かあったら来て」
「あ…杏待っ」


ケータイの着信音も、誰かと会話をする事も、今は煩わしかった。
たまには怠けたっていいよね、と自分をうまく説得しながらケータイの電源を切る。


「…何も、考えたくない」


嫌になるほど澄み渡っている空を仰ぎ見てから、そっと目を閉じる。
その時、屋上の戸口が開く音がした。


「さっきはよくもやってくれたじゃない」


背後から響く声に、今日一番の煩わしさを覚えた。


「最近よく私達に歯向かってくるけど、あんたは結局こうやって逃げる事しか出来ないわけ?」


逃げてなんかいない。


「どうせまともに仕返しらしい仕返しが出来ないからでしょ?勇気もないくせに調子こいてんじゃねーよ」


勘違いも甚だしい。
出来ないんじゃなくて、する意味が無いからしないだけ。
勇気が無いんじゃなくて、相手にするだけ無駄だからしないだけ。


「ま、それもそうよね。だってあんた、体だけじゃなく心まで弱いもんだからお姉ちゃんと新ちゃんがいなくちゃなぁーんにも出来ない病にかかってるんだもんね?」
「なにそれウケんだけどー!」
「あはははは!!」


……馬鹿馬鹿しい。
何がそんなにおかしいのだろう。


「ちょっ…どこ行く気よ!?」
「まだ話は終わってないじゃない!」


こうやって1人を標的にして、毎日毎日飽きもしないで笑い者にするその心理。
私には到底理解出来ないし、したくもない。


「…私が何処に行こうが、あんた達には関係無い」
「はぁ!?」
「いちいち教える義務がどこにあるの?」
「なっ…」


彼女は…毛利(名前)は、毎日どんな気持ちでいたんだろう。
自分の事じゃないけれど、自分が彼女として生活してる今、とても他人事とは思えなくなっていた。
…ま、考えるのは後にして、まずは1限目を潰せる場所まで移動して…。


「っざけんなよ!!」
「っ!?」


ボンヤリとしていたせいで、咄嗟に振り向くも間に合わなかった。
腕を掴まれ、訳もわからないまま、身体に痛みが走る。


「…調子に乗ってんじゃねーよ。マジでさ」


掴まれた腕はともかく、固いコンクリートへと叩きつけられた左肩に容赦なく激痛が走る。
そこで私はやっと、自分が腕を掴まれてそのまま投げ飛ばされたのだと理解した。


「守ってくれる人がいるから平気…?よく言うわよ。豪語してた癖にガード甘すぎ」
「あんた言ったよねぇ?自分には新ちゃんとお姉ちゃんがついてるから、無闇に手出しは出来ないって…。それで?あの2人は何処なのよ?」
「……」
「黙ってちゃわかんないよー?何とか言ったらぁー?」
「いっ…!」


小さい子供に語りかけるように話す様子とは裏腹に、私の髪を掴み、力いっぱい持ち上げる。


「…ねぇ、お願いだからさぁ、私達の前から今すぐ消えてよ。何ならここから飛び降りてくれてもいいのよ?」


そう耳元で囁かれ、他の取り巻きは私の背中を足で踏みつけてくる。
肩の痛みが未だ治まらないまま、今度は体をグリグリと踏まれ、痛みの幅が増えていく。


「………れば、いい」
「…は?」
「あんたらが…飛び降りれば、いい…」
「……」
「そうすれば…その腐った脳みそも、少しはまともになっ、」


言葉を続ける事は出来なかった。
何故なら、途端に容赦ない力で腹部を蹴り飛ばされ、喉から言葉を発する事に苦しさを感じたからだ。


「っ、ゲホッ…!」
「あーあ、あんたのお陰で最悪な気分になっちゃった…。責任、とってくれる?」


未だかつて、体が小さい事に対してこんなに不便に感じた事は1度も無い。
腕を踏みつけられ、逃げ出す事もままならない。
顔はマズいからと胴体を蹴られ、えづく私を、まるで石ころを転がす様に痛めつけていく。
それでも私は、鍛えられてもない腹筋で必死に耐えた。
挑発したのも、逃げなかったのも、全ては証拠を作る為だ。
先生に知ってもらい、周りの大人達に現状を見せれば…。
その為だったら、少しぐらいいいかな、なんて思って…。


「痛いの?だったらハッキリそう言えば?」
「っ…」
「それで大好きなお姉ちゃんに助けを求めればいいじゃん。愛しの工藤くんに助けてもらえばいいじゃん。それとも何?あの事をバラされるのが怖いから呼べないわけ?」


あの…事…?
何よ…それ…。
私が何をしたって、いうの…?


「シカトしてんじゃねーよ!!」
「ぅぐっ…!」


体の感覚が、どんどん鈍くなっていく。
口の中には鉄の味が広がり、吐き気がして気持ちが悪い。
身体の痛みだって、もちろん、痛くないといえばそれは嘘で。
だけど、痛いといっても、果たしてそれはどの部分が?と自分自身の中で疑問が生まれる。
…いつかきっと飽きて、標的を変えるだろう。
そう思ったのは、私の誤算でしかないの?
もしそうだとしたら…私は、とんだ笑い者だ。


「げほっげほっ!」
「…やめて欲しいなら、素直に頭下げなよ。地面にオデコ擦りつけて、ごめんなさい。私が全部悪かったですって言えばいいだけでしょ?」
「う、っ…」
「それともあんた…まだ自分は何も悪くないとか思ってんの?散々周りの人間騙してきた癖に、何もかも全部無かった事にするわけ?」
「っ…な、何を…」
「あんたの本性、工藤くんに教えたらどんな顔するかしらね?」


本性という単語に、頭が混乱した。
何…?
何なの…?
どうして…私が、謝らなきゃならないの…?
分かんない事だらけだ…。
さっき言ってた事も、今言った事も…。


「私達も鬼じゃないし、ちゃんと誠意を持って謝ってくれるってんなら、あの事は許してあげるわよ」
「…っ…なに、言ってんの?」
「…は?」


髪の毛を掴まれ、狂気を孕んだ瞳に見つめられても、もう何も思わない。
何も…考えられない。


「鬼じゃない…?笑わせ、ないでよ…。こんな事、してる時点で…あんた達はもう…立派な鬼じゃんっ…」


息も絶えだえだったけれど、どうしても伝えたかった。
この子達が今、私に対してやってる事に、何の意味も価値も無い事を。


「……ふーん。謝る気は無いって事ね?」
「謝る…?死んでも嫌」


屈するな。
負けたらダメだ。
絶対に弱気になんかならない。
何度心の中で繰り返しただろう。


「…そう」


直後、また鈍い痛みが身体中を襲った。
それと、怒り、憎しみも。
決してそれは、コイツらに向けた感情なんかじゃない。
正義のヒーロー気取ったくせに、現状打破できない自分自身に対してのものだった。
いつになったら、こんな意味の無い行為に終止符が打たれるのだろう。
私は、何をすればいい?
自分の為に、「この子」の為に…。
私が出来る事は、何だろうか…。


「ガタガタうっせーんだよさっきから!!」


薄れゆく意識の中。
屋上の真上から、ドスの利いた女性の声が響いた。


「テメェら全員ここから蹴落されてぇのか!!」


ボンヤリとした意識で、声のする方を見上げた。
陽の光で目が眩み、目を細めながら視線を泳がせる。
すると、先に視界に飛び込んできたものは、風に靡く真っ黒な髪だった。


「げっ…ま、マズイよ!早く行こう!」


バタバタと足音が遠退いていく中、さっき声がした方に再度目をやった。
大きなカラス。
それが、第一印象だった。
だって、あまりにもキレイな黒髪だったから。


「…なに見てんだよ」


屋上に設置してある貯水タンクの脇から現れたその人は、到底、さっきの怒声を発した人とは思えないぐらいの整った顔立ちをしている。
凛と力強い瞳に、スッと伸びた鼻筋。
唇の色は、鮮やかな薔薇を連想させる。
そして、綺麗な黒髪…。
こんな色の事を、カラスの濡羽色…とか形容したりするんだろう。
黒なのに、なんて鮮やかなんだろうと思った。


「…テメェもさっさと消えろ」


カラスはそう吐き捨て、風に靡く長い髪をかきあげながら、元々いた場所なんだろうか貯水タンクの脇にある小さなスペースに寝転がった。
…やだよ、今日はサボるって決めたんだもん。
痛む体を無理矢理立たせ、カラスの巣であろう貯水タンクのある場所に向かった。


「こんなとこでサボり?」
「あん?」


裏側にあった梯子を使い、興味本意で登る。


「へぇ…確かにここなら誰にも見つからないね。私も入れて欲しいな」
「……騒いだら殺す」


ぷいっ、とカラス女がそっぽを向いた瞬間、黒髪がサラサラと背中を滑り落ちる。
ああ…思わず触りたくなる髪ってこういう髪の事だな、きっと。


「さっきはありがとう。助けてくれて」
「…別にテメェを助けたわけじゃない。せっかくの昼寝をあんなバカ共に邪魔されたくなかっただけ」
「ふーん…そう」
「……」
「……」
「……」
「…耳、真っ赤だよ?」
「うっ、ウルセェなぁ!あっち行けよチビ!」


口悪いなぁ、この人…。
見かけとは大違い。


「ねぇ、良かったら名前教え」
「やだね。イケメンならともかく、テメェに教えたって何も得する事なんてねぇし」
「…」
「おい、目障りだからとっとと教室に帰」
「私は毛利杏。クラスは2-Bだよ」
「……お前、クソがつくほどウザい」
「えへ、ありがとう」
「……はぁ」


小さくため息をついたカラス女は、相変わらず私に背中を向けたままだった。


「…3-C、富田まな美」


…ああ、何だ。
案外素直な人なのね…。
すっごい声小さいけど。
っていうか先輩だったんだ…。


「よろしくお願いします、トミ子先輩」
「おい!勝手に変なあだ名つけんじゃねーよ!!」
「じゃあ、まなみん先輩?」
「ざけんな!!普通に富田先輩でいいだろうがっ!!」
「えー、何かつまんない…」
「呼び名に面白さを求めんなよ!!」
「っていうか、年上だったんですね。全然分からなかったです」
「…ふん、よく見ろバーカ。上履きの色で分かんだろーが。お前あれか?メクラか?」
「…先輩、口悪すぎ。それって差別用語ですよ?」
「そうやって気にしてる方が差別だろうが。つーか説教する気ならさっさと教室帰れよ。煩わしいのが一番嫌いだ」
「別に説教なんかする気ないですって…。あー今日はほんっとに気持ちいい天気ですねー!このまま寝ちゃおっかなー!」
「……変な女」
「それはお互い様でーす」


これが、私とトミ子先輩との出逢いだった。
この日から、自分の学校生活が180度変わる事になろうとは、まだ誰も知らない。


bkm?

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