「…ねぇ」
「うん?」
「何で牛乳なの?」
さっきお水買ってくるって言ってなかったっけ。
「あー、何でか知らねぇけど水が売り切れててさ!」
「ふーん…まぁいいや」
パックにストローを挿して牛乳を飲む。
…あ、美味しい。
牛乳なんて、久しぶりに飲んだ気がする…。
「…何でジーッと見てくるの?」
「別にー?さ、俺の事は気にせずどうぞグイッと!」
「…」
このイケメン王子はちょっと、いや、だいぶ変わり者みたいだ。
独特のクセがある性格。
…この牛乳と同じだ。
「なぁなぁ」
「うん?」
「俺が何で朝っぱらからここにいるのか知りたくねーか?」
「…通りかかったとか?」
「残念、ハズレー!」
「…じゃあ何でいるの?」
「教えて欲しいか?」
「そりゃあ、まぁ…」
「じゃあさ」
「うん?」
「今度デートしようぜ?」
「…」
やっぱり現実にいるイケメンはそれが目当てか。
おとぎ話の王子とは違うよね。
んまぁ、だからって、出会った瞬間「運命の人だー!」とか、「真実の愛だー!」とか叫ばれても困るし怖いけど。
「別にいーよ」
「マ、マジ!?」
「女に二言はない」
よっしゃあ、ってガッツポーズをするイケメン王子。
まだまだ子供だなぁ、可愛い。
口約束なんて、破る為にあるものなのに。
「昨日の夜中さ、お袋に家追い出されちゃって」
「えっ、何かやっちゃったの?」
「いや?コンビニでアイス買ってこいやって蹴り出された」
「あ、そう…」
「ちっきしょーあのババァ…変質者に襲われると大変だからーとか有り得ねぇ事口走ったと思ったら人の事パシリにしやがって…」
王子のお母様はどんな人なのか、少しだけ気になった。
まさか本当に、白雪姫に出てくるお妃みたいに性格歪んでるとか?
「んでさ、帰ってる途中この時計台の前を通ったらベンチで飲み潰れてるオメーを発見して!」
「そうなんだ…」
酒は飲んでも呑まれるな。
うん、私久々に呑まれたわ。
こりゃしばらく禁酒生活だなぁ。
「んで俺も眠くなったからそのまま一緒にここでオヤスミしたってわけ!」
「えっ、じゃあ夜通しそばにいてくれてたの?」
「そー。俺が悪いオオカミからオメーを守ってやってた」
「…そう」
ふーん…?
国の天然記念物に指定されるぐらいの紳士っぷりじゃん。
思わず口元が緩むのを感じた。
「そういやオメー名前は?」
「あ、私は……」
……あ、あれ?
「どうした?」
「えっ、と…」
な、なんで?
名前はわかるのに名字だけが思い出せないってどーゆー事?
私マジでどうした?
えーっと……。
「名前、何だっけ…?」
「おいおい、まだ酔っぱらってんのか?」
「そ、そーみたい…」
ほんとにどうしちゃったんだろ…
まさか日頃飲みすぎてるせいで脳に異常が出てきたとか?
え、嘘。まさか。
そんな病気なんてあったっけ?
ぽんっ!
「…え?」
「じゃあまずは俺からな!黒羽快斗ってんだ!よろしくな!」
悶々と1人で悩んでると、視界に赤い薔薇が乗っかった手が見えた。
黒羽…快斗?
どこかで聞き覚えがある…。
でもどこだっけ…?
「…おーい?」
「あ、ごめんね?ボーッとしちゃって…」
「もしかして手品、嫌いか…?」
か、可愛い…!
捨て犬みたいにショボーンってなった!
「ううん、嫌いじゃないよ?寧ろ大好き!突然だったからちょっとビックリしちゃっただけだよ」
「なーんだ!俺スベッたかと思ったぜ!」
そう言って可愛い笑顔を向ける王子は、まだまだ子供っぽさが残るフツーの少年。
でも、どこかミステリアスな印象を受けた。
「へぇ、黒羽くんは手品が出来るんだ?」
「快斗!」
「え?」
「黒羽くんじゃなくて快斗って呼んで!」
満面の笑みでそうお願いする黒羽くんは、例えるなら犬。
人懐っこい、ブルーの瞳の大型犬みたい。
こんな男の子、今まで出会った事ないから新鮮かも…。
「…じゃあ快斗くんって呼ぶね?」
「…まぁ、いっか」
「え?」
「いや?それよりほら」
「うん?」
「貸せよ、ケータイ」
「ケ、ケータイ?」
確か充電器に差したままだったと思うんだけど…
無意識にポケットを探ると、固いものが指に当たった。
…見慣れないケータイ。
私、酔っぱらったついでに機種変した?
いやいやいや、それアブナイ女認定されるレベルの行動だよ。
「…はい」
「サンキュ」
ピピピピと慣れた手つきで私のケータイ(恐らくそうだと思う)と自分のケータイを弄り始めた快斗くん。
あ、この前ナンパしてきた男もこんな風に強制的に連絡先押し付けてきたような気がする。
「ほい、俺の番号とメアド入れといたから」
「あ…ありがとう」
この子、中学生のクセに随分手慣れてるなぁ…。
でも何故だか嫌な気はしない。
むしろ心の中で密かにガッツポーズしたぐらいだ。
「じゃあ、オメーんちまで送るよ」
「あ、大丈夫!タクシーで帰るから」
ホントは送って貰いたいけど、こんな可愛いわんこを密室に連れ込んだらいくら中学生でも今度こそマズい事になる。
「…そぉか?」
「うん。ありがとね快斗くん!その気遣い、とっても嬉しい」
このわんこ王子は人懐っこい上にとても紳士だ。
女の子にモテモテなんだろうな、きっと。
「…なぁ」
「うん?」
「マジでデートしような?」
「…」
まぁ…付き合ってあげてもいいかな?
一晩中ついててくれた負い目もあるし…。
「うん、いいよ。お誘い楽しみにしてるね!」
「じゃあ近いうちメールするな!」
夜通しずっとついててくれたお礼がデートなんて、なんだか快斗くんらしいな。
「じゃあ、気を付けて帰れよ?毛利杏ちゃん!」
「…え?」
毛利って…。
私、そんな名字だったっけ…?
ピリリリリリリリ
帰って行く快斗くんの後ろ姿を見つめていると、握りしめていたケータイが突然鳴り響いた。
毛利 蘭
090XXXXXXXX
「えっ、毛利…蘭?」
どこかで聞いた事ある気がする…。
「…は、はい?」
「杏!?今どこ!!」
聞き慣れない声が二日酔いの脳みそを直撃した。
「えっ?えーっと…」
リンゴーン、リンゴーン…
「その音って……あっ!江古田の時計台ね!?」
「え、」
江古田?
「今から迎えに行くから動かないでよ!!」
通話が終了した事を伝える電子音が響く。
江古田?
黒羽快斗?
毛利蘭?
何が何だかわからない。
この名前、ホントにどこかで聞いた事がある…。
必死に二日酔いの頭を動かしても答えは見つからなかった。