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Zauber Karte

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Zoo dateB


「っはー!食った食った!」


お姉ちゃんが気合を入れて作った膨大な量のお弁当が、あれよあれよという間に空っぽ。
絶対食べきれないでしょって最初は思ってたけど、この現状を見るとそれは杞憂だった事がわかる。
さすが成長期の男子、食べる量が異次元級…。


「やーっぱ手料理はいいなー。久しぶりに腹一杯食ったわ」
「え?」


久しぶりってどういう事か聞き返そうとしたら、私が聞く前に快斗くんが口を開いた。


「俺の母さん、今エジプトまでピラミッド探索行ってて家にいねぇの。だから最近ずっとコンビニ飯ばーっかり」


あっけらかんとした口調で言ってるから本人はあまり気にしてなさそうだけど、エジプト旅行って、それはまた優雅な…。


「じゃあその間、快斗くん1人?」
「そ。でもいちいちうるせー事言われなくていいから気は楽だよ。もーエジプトでも南極でも何処へでも行きやがれ!って感じ!」
「あはは…」


でも、そっか。と、快斗くんの話を聞いて納得した。
快斗くんも、謂わば新ちゃんと同じ様な家庭環境なんだ。
住んでる場所が近ければ、新ちゃんみたいにご飯、誘えたんだけどな…なんて、そんな世話焼き姉御の様な事を思うのだけど。
…まぁ、作るのは当然お姉ちゃんなんだけどね。
でも、ずっとコンビニばかりだと体に悪いし、何だか心配だ。


「つっても、ずっとコンビニ飯ってわけじゃねーよ?」
「快斗くん自炊するの?」
「たまにな!でも面倒くせぇ時は幼なじみの家で食わしてもらってる」


幼なじみ=B
その言葉を聞いた瞬間、自分の心臓が途端に速く鳴り出したのが分かった。


「幼なじみ…?」
「杏ちゃんにもいるだろ?あのシンチャンって男がさ。俺にも青子って幼なじみがいてさー。コイツがまたやっかましいの何の!」
「……」


青子…。
心の中で、何度か繰り返してみるものの、もうほとんど忘れてしまってるせいであまりピンとは来なかった。
でも、これだけは覚えてる。
新ちゃんとお姉ちゃんが両想いなのと同じくして、快斗くんとその幼なじみもまた、お互いを想い合ってる相思相愛の関係だという事を…。


「……」


ああ、何だろう。
この、うまく言い表せない感じ。
こう…胸の奥あたりに、鉛が入ってるような。
息が、詰まる感覚。
……消化不良、かな。
私も快斗くんの食べっぷり見てたら、つい食べ過ぎちゃったのかも…。


「杏ちゃん?」
「…へっ!?なっ何!?」
「いや、急に黙っちまうから…具合悪ぃか?」
「あ…ううん。平気!何でもないよ」
「ふーん?」


急に快斗くんが声をかけてきて、思わず変な声が出てしまった。
そして気づいたら、さっき感じた正体不明のモヤモヤはもうどこかに消え失せていて。
何だったんだろうって疑問に思ったけど、深く考えるのはやめとく事にした。
…寝不足の、せいかな。
何だか気が重い。


「ふふふふーんふふーん、ふふふーん…」


不意に、どこからともなく、聞き覚えのあるメロディーが聴こえた。
隣を見ると、満足そうに笑顔を浮かべた快斗くんが、鼻歌を口ずさんでいた。


「…そのバンド、私も好き」
「マジ!?」
「うん。歌詞いいよね」
「だよなー!最近の俺の推しバンドでさぁ。俺、歌詞見なくても歌えるぜ!」


「この前もカラオケで歌ったんだー!」とご機嫌な調子で、また同じメロディーを口ずさみ出した快斗くん。
そんなにお弁当が嬉しかったんだと思うと、多少夜更かししてでも作って良かったと感じた。
…私は野菜洗ったり道具洗ったりしてただけだけど。


「そいつはきっとー、君と同い年でー、薔薇の花がよく似合うマジック好きな人だー」


と、1人しみじみと感じてたら、快斗くんが予想とは違う歌詞で歌い出したもんだから。


「…ぷっ!」


私は思わず噴き出してしまった。
いやいやいや、何その替え歌っ…!!


「あははははっ!何その歌詞!なんか違うしー!」


歌詞では年上≠フ部分が同い年≠チて…!
焼けた肌≠ネのに薔薇の花≠セし…!
っていうか全体的に快斗くんっぽく改変されてるし!
やば、笑い止まんない…!


「へへ、違和感ねぇだろ?」
「無い!無いから余計面白いんだってばー!もーやだ、お腹痛い…!あははははっ!」
「あははっ!なら良かった!」


傍から見たらくだらない事だけど、そういえばこんなにお腹の底から笑った事なんて久しく無かったと気付く。
あ、そういえばさっきのペナルティのお金、払わないと…。


「快斗くん、これ…」
「ん?ああ、サンキュー!」


財布から100円を取って差し出すと、快斗くんは笑顔でそれを受け取った。
ああ…さようなら、私の100円…。
これ以上無駄な出費が増えないように気をつけないと…。
なんて思ってたら。


「ふふーん、ふふふーんふふーーん…」


私が渡した100円玉を、快斗くんが鼻歌のリズムに合わせながら、自分の指の間で素早く弄るのが目に留まった。


「すっ…すごい!」
「へっ!?」


あ…止まっちゃった…。


「今のコインのやつ、もう一度やって!」
「え?ああ…これ?」


私のお願いに、快斗くんがまた100円玉を自分の指の間で転がし始めた。


「すっ、すごーい…!コインが自分で動いてるみたい…!」


快斗くんの指の動きに合わせて、4箇所ある溝に100円玉がうまくハマり、波のような動きで行き来する。
その動きはまるで、本当にコインに自我がある様だった。
マジックが趣味だから手先が器用なのは当たり前なんだろうけど、そうとは分かってても感動しちゃう…!


「…こんなのより、もっとすごいの見せてやるよ」
「え…?」


そう言いながら快斗くんは、握った100円玉を一瞬で消し、ポケットからトランプを取り出した。


「杏ちゃんには、うまい弁当食わせてくれた礼もしないといけねぇし…」


箱から出したトランプを、滑らかな動きでシャッフルし出した快斗くん。
その姿は、普段の陽気な大型犬みたいな彼では無く、完全に、マジシャン・黒羽快斗の顔つきへと変わっていた。


「特別に見せてやるよ。俺のテーブルマジック」


そう。
まさにその顔つきは、私の頭の中で朧げに残っている、妖しく不適な笑みを浮かべる怪盗キッドのそれだと感じた。
その彼と同じ笑みを浮かべた快斗くんは、唐突にトランプを頭上に放り投げ…。


「うわぁ…!」


トランプ一枚一枚が、まるで吸い寄せられる様に快斗くんの手元へと収まっていく。
まるでトランプが自らの意志で空中を動いてる様な、そんな錯覚すら感じるその動きに、私の鼓動は高鳴った。


「す、すごい…!快斗くんすごいね!」
「おいおい、まだ始めてもねぇぜ?」
「だっ、だって!こんなの初めて見たもん!すっごいかっこいい!」
「っ…ま、まぁ?日本一のマジシャンだし?」


鼻の下を擦りながら少し照れくさそうに言う快斗くんに、私はすかさず声を上げた。


「それは違うよ快斗くん!」
「な、なんつって!さすがにおこが」
「日本一じゃなくて世界一なの!」
「ま……え?」
「快斗くんは日本だけじゃなくて、世界で名を馳せるマジシャンになるんだよ!誰にも真似できない仕掛けをいくつも考えて、世界中の人の度肝を抜くの!そしてそれを一度見た人は、みんな快斗くんの虜になる…。そんな魅惑のマジシャンにね!」
「…杏ちゃん…」


なんてったって二代目怪盗キッドになるんだもん、全世界に名を轟かす存在になるんだから!


「ねえ、早く続き見せてよ。世界一の奇術師、黒羽快斗さん!」
「…ああ!見てろ?すっげーの見せてやる!」


私がそう言うと、満面の笑みを浮かべた快斗くんの即席マジックショーが始まった。
私が選んだトランプが、片付けておいたはずの空っぽのお弁当箱から出てくるなんてのはもちろん、コインや小さなボールを華麗な手つきで自由自在に瞬間移動させたり。
はたまた、コインが一瞬で花束に変わったり。
快斗くんのポケットの中に注いだオレンジジュースが、本物のオレンジになって出てきたり…。
きっとどれも、快斗くんからしたら初歩的なマジックなのかもしれないけど、素人の私を喜ばせるには十分で。
それら全て、私の目には新鮮で、まるで魔法の様に見えた。


「…と、まぁこんなもんかな」
「ブラボー!」


最後のマジックを終えた快斗くんは、まるでイタズラを終えた後の子どもの様な顔で笑った。
私はというと、興奮が冷めないまま渾身の拍手を彼に贈る。


「快斗くん快斗くん」
「うん?」
「ちょっと失礼」
「え…っ!?」


手品を見せられるとその仕掛けが何なのか気になってしまうのが観客の心理。
快斗くんの両手を取り、なにか仕掛けがあるのか隅々までチェックする。
ピアノ線か何かが掌に貼り付けられてるのか、はたまた磁石かなんかが埋め込まれているとか…?
いやさすがに皮膚の下は無いか…。
それにしても、すごくスベスベして綺麗な手だなー…。
マジックがやりやすい様にきちんとお手入れしてるんだろう。
っていうか爪ピッカピカなんだけど…!
ネイルケアまできちんとしてるなんてどんな中学生よ!?
見られる側だから隅々まで怠らないその意識が既にプロ…!
何にもしてない私が恥ずかしいっ!


「はぶっ!」
「おいおい杏ちゃんさぁ…」


素早く私の頬っぺたを大きな掌で掴んだ快斗くん。
その行動に、一瞬思考が固まる。


「あんまり可愛い事してっと、マジで襲っちまうかんな?」


上目遣いで少し睨みをきかせた快斗くんの顔が、少し赤い。
でもそんな事は今の私にはどうでも良くて…。
え……お、襲う!?


「お、おひょうってな…ひゃあっ!?」


瞬間、私の体に何かが突撃し、体が地面へと押し倒された。
かっ、快斗くんが言い放った事が現実に起こった!?


「なっ、なっ、何!?あはははっ!くす、くすぐったい!」


なんて考えがすぐに違う事に気付いたのは、私を襲ってきたのが明らかに快斗くんじゃないと気付いたから。
私の顔をペロペロと舐め回す、モフモフな感触をした柔らかい何か。
それは……。


「い、犬…?」
「犬…だな」


快斗くんが私に乗っかってる物体を抱き上げた。
それは、まだ両手で軽々と抱えられるサイズの、垂れ耳で黄金色の毛を纏った仔犬だった。


bkm?

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