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Zauber Karte

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存在意義


自分とは異なる人間に対し何かを説得するという行為は、すこぶるパワーを使うという事だと思い知らされた。


「ねぇ杏…。ほんとに1人で平気?やっぱり私、朝練には出ないで一緒に」
「もう!何度も言ってるじゃん!私は大丈夫だって!」
「でも…」


朝起きてから何度も同じセリフを言い続ける私と、何度も同じセリフを繰り返す異常なほど心配性な姉。
お互いの思うものが対立し合い、なかなかうまく噛み合わない。


「っていうか、学校着いたらすぐトイレに逃げろって昨日提案してくれたのは新ちゃんでしょ?お姉ちゃんだってそれに納得してたじゃん!何でまた振り出しに戻ってるの!?」
「そうだけど…」


私が江古田デビューをしてから3日後。
お姉ちゃん、新ちゃん、園子の3人は、今日からそれぞれの部活の試合に備えて朝練が入る事になった。
それにより、しばらくの間私は1人で登校しなければならなくなる。
まぁ、別にそこは問題では無い。
…少なくとも私は。


「でも、やっぱり心配だよぉ…」
「ちょっ…何で泣くの!?」
「だって!だって…杏にもしもの事があったら、私…私っ!」
「だーかーらぁ!私は大丈夫だってさっきから何回も言ってるじゃん!最近、アイツら何もして来ないのお姉ちゃんだって知ってるでしょ?」
「でも…もしかしたら今日は」
「あーもうしつこいなぁ!ウザいから早く朝練行ってよ!」
「そ、そんな言い方しなくたって…!」
「だってこうでも言わなきゃ行かないじゃん!」
「…だって、心配なんだもん…」
「……はぁ〜」


うまく説得出来ないのは、きっと昨日3時間かけてあの心配性王子・工藤新一を説得した疲れが残ってるからかな…。
朝起きてからずーっとこのやり取り…正直滅入る。


「ほんとに大丈夫だから…ね?お姉ちゃんは今度の試合の事だけを考えて、朝練頑張ればいいの。わかった?」


言いながら、すすり泣くお姉ちゃんの肩に手を置く。
少し間があった後、渋々といった感じでお姉ちゃんは頷いた。


「…じゃあ、何かあったら必ず言うのよ?」
「うん、分かった」
「絶対だよ?」
「了解」
「絶対ぜーーーったい約束ね?お姉ちゃんに隠し事なんて絶対に絶対にぜーーーーったいに」
「お姉ちゃん、ぶつよ?」
「…ごめん」


こうやって「私は大丈夫だから」とお姉ちゃんに言いつつも、やっぱりどこか自分自身不安に感じるものはあった。
朝から放課後まで、ずっと、ずっと。
アイツらが、私が1人になるのを常に目を光らせながら今か今かと待ち構えてる事ぐらい気付いていたから。
きっとお姉ちゃんもその事は気付いていたんだと思う。
そして案の定、その不安は、見事的中してしまう事となる。


「おはよー毛利さん」
「あ、おはよう」


昇降口で、恐らくクラスメイトだろう子から朝の挨拶をされるも、名前が分からない。
普段、私がどれだけお姉ちゃん達に甘えているか。
どれだけ守られているのか。
改めて思い知らされる場面だ。


「ねぇ毛利さん、よかったら一緒に教室行かない?」
「え?」
「ちょ、ちょっと…!声かけちゃダメだってば…」
「あ…」
「…」
「じゃ、じゃあね?」
「ん…」


このやり取りも、この世界に来てもう何度目なのか分からない。
結局私は、何も出来ないままだ。
いつもいつも、お姉ちゃん達に守られてばかり。


カタン


クラスメイトの姿が見えなくなったのを確認してから、自分の下駄箱を開けた。
途端、大量の紙屑がガサガサッと音を立て、私の足元に落ちてゆく。


「…はぁ」


朝っぱらから自分の下駄箱を掃除するなんて、滅多に体験する事は無い。
汚い言葉が綴られているであろう、模造紙の山。
それを毎回ゴミ箱に運ぶこっちの身にもなって欲しい。
いちいち読むのも面倒。
仕返しするなんて、もっと面倒。
でも、やっぱりどこか虚しくなる。
別にアイツらが行動を起こした事に違和感は感じない。
お姉ちゃん達が今日から部活漬けになるのを待ち構えていた事は、薄々感じていたし。
だけどやっぱり思ってしまう。
何でこんな事をしてるんだろう、と。
そして毎日下駄箱を開いた後は、中身の有無に関わらず、必ず溜め息を吐いてしまう。
上履きは毎日持ち帰っているから何かされる心配は無いけれど、『今日は何も無かったね。良かったね』って、いちいち安堵する自分にも嫌気がさしていた。
…私は、こんなに弱い性格だっただろうか。


「ごきげんよう、毛利さん。私達からのラブレター、受け取ってくれたかしら?」


ああ、やっぱり来た。
十中八九…と思ってはいたけど、予想通り彼女達は絡んできた。
コイツらはあの3人がいない時にしか、私には近寄って来ないから。


「あ、そうそう。あなたの為にお花を飾っておいたの。どう?キレイでしょ?」


背後から投げかけられた言葉に顔を上げると、机の上には立派な花が置かれていた。
…ほんと、キレイ。
今まで見た事無いよ、こんな豪華な仏花。


バシャッ


「きゃっ…!?」
「勉強の邪魔だから返すよ」


こういうやり取り、こっちの世界に来てからもう何度目なんだろう。
昨日は下駄箱に画鋲を入れられ、一昨日は机の中に生ゴミを詰め込まれ、その前は…何だったかな。


「っ、ちょっと待ちなさいよ!!」


何もかも、めんどくさくって。
いちいち相手にするのも億劫で。
背後でキーキー金切り声が聞こえる中、そんな気分のまま廊下を歩いていると、屋上へと続く階段から風が入ってきているのを感じた。


カチャ


初めての学校の屋上。
普段は立入禁止のはずなのに、今日はどうして開いてるんだろう…?
そんな疑問が湧き起こるも、すぐにどうでも良くなった。
どうせ用務員さんが鍵をかけ忘れただけだろう。
授業をサボるのには丁度いい。
引き寄せられる様に鉄柵に手をかけ、誰もいないグラウンドを眺める。
ふと見上げれば、頭上には蒼空が広がっていて、心地よい初夏の風が私の体を包み込んだ。


「……」


この風は、一体どこからやってきたのだろう。
そんな意味も無い事を考えながら、目を閉じて、自分が元々いた世界の事を思い出そうと、思考を張り巡らせる。
だけど、いつも無理なんだ。
自分の親の顔も、友達も、住んでいた場所も。
日に日に思い出せなくなっている。
私は、誰?
何でここにいるの?
誰に問い掛けるわけでもない。
ただ静かに吹く風に呼吸を合わせながら、全てを知ってる人なんてきっとこの世界にはいない、と。
今、自分がここにいる事を密かに嘆いた。


ピリリリリリリ


ポケットに入れていたケータイが鳴り響き、お決まりの人物の名前が画面に浮かぶ。


「あ、(名前)今どこにいるの!?もうすぐホームルーム始まっちゃうよ!?」
「…」


ごめんね、お姉ちゃん。
今はそんな気分じゃないや…。


「ごめんお姉ちゃん。私、今日サボる」
「えっ!?」
「屋上にいるから何かあったら来て」
「あ…(名前)待っ」


ケータイの着信音も、誰かと会話をする事も、今は煩わしかった。
たまには怠けたっていいよね、と自分をうまく説得しながらケータイの電源を切る。


「…何も、考えたくない」


嫌になるほど澄み渡っている空を仰ぎ見てから、そっと目を閉じる。
その時、屋上の戸口が開く音がした。


bkm?

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