「ねえ快斗くん、ちょっとだけここで休んでいかない?」
「そうだな。結構歩いたし、少し休憩するか」
あれから何処へ行こうかと2人で歩きながら悩んでいると、小さな公園の傍を通りかかった。
何となく感じた懐かしさに惹かれ、公園で休む事を快斗くんに提案したら、快く快諾してくれた。
「飲み物買ってくるけど、杏ちゃんは何がいい?」
「炭酸以外なら何でも」
「オッケー」
ベンチに座り、休日で賑わう公園の風景を見渡した。
…やっぱり懐かしい。
最近、こんな感覚に陥る事がよくある。
新ちゃんを追いかけた時もそうだけど、お姉ちゃんや園子と会話してる時や、家でご飯を食べてる時。
それだけじゃなく、学校で授業を受けている時やお弁当を食べてる時。
色々な場面で、こんなふうに、ふと懐かしく感じたりする事が多々ある。
これはきっと、元々いた毛利杏の記憶なのかもしれない。
「はい、どーぞ」
快斗くんが差し出したのは、紙パックのいちごオレだった。
えーっと…時計台では牛乳で、今回はいちごオレ?
まぁ、嫌いじゃないからいいけど…。
「ありがとう。いくらだった?」
「いいよ。俺の奢り」
「えっ、でも喫茶店だって結局快斗くんが…」
「男が払うのは当然だろ?デートなんだから」
「いや、でも…」
「いーの!俺がいーっつってんだからいーのっ!」
「……」
恋人同士でもないのに、いいのかな…。
っていうか、中学生なんだから本当に無理しなくていいのに…。
「…分かった。じゃあ今日はお言葉に甘えとく。ご馳走様」
でもま、このぐらいの年齢だと、背伸びしたくなるよね。
まだまだあどけなくて、可愛いなぁ。
「…お、おー」
まさか、お礼を言っただけで頬を赤くされるとは思わなかった。
女の子に平気で可愛いとか言えるくせに、よく分かんない男だ…。
「あ…このいちごオレ、美味しい」
「えっ、ほんと?…俺もそっちにすれば良かった…」
「……」
いやいやいや、意味わかんないんですけど。
何でこの人、缶コーヒー買ってるの…?
苦手だって言ってなかった?
間違えて買っちゃったとか…?
もしそうだとしたら、可哀想だな…。
奢ってもらった手前、見て見ぬ振りは出来ないし…。
「…よかったら、飲む?」
「えっ!?」
「口つけちゃったけど、それでもいいなら…」
「のっ、のっ、のっ…飲むっ!!」
「ん、どーぞ」
差し出したいちごオレがそんなに飲みたかったのか、目をキラキラさせながらストローを吸う快斗くん。
こんなに嬉しそうにいちごオレを飲む人、初めて見たよ…。
「俺っ…生きてて良かった…!」
「ふふふ、美味しい?」
「はいっ!至極美味っ!!」
大袈裟だなぁ、たかがいちごオレで…。
だけど快斗くんって、人よりも喜怒哀楽が激しいというか、感情が表に出やすいから一緒にいて飽きない。
私には無いものを持ってるから、魅力的に感じる。
「なぁ、杏ちゃんってチューリップ好きなのか?」
「えっ、何で?」
「さっき花時計の前でじーっと見てたから」
「ああ…。うん、お花の中では1番好きかな」
私が答えると、快斗くんは急に真顔になって私の顔を凝視してきた。
「…もっかい」
「え?」
「もう1回好きって言って!」
「……は?」
「いーから!お願いっ!」
そう言ってお願いしてきた快斗くんの表情はニコニコ…いや、ニヤニヤと言った方が正しいのかな。
ちょっと……気持ち悪い、かも…。
「え、えっと……す、好き、だよ?」
「もっと!」
「……す、好き」
「うん!俺も!」
「は?」
「俺も好き!大好き大好き大好きー!」
「……快斗くんも好きなの?」
「うん、そう!俺の中ではダントツ1番!」
「へぇ〜…」
快斗くんって、乙女系男子には見えないけどそんなに好きなんだ、チューリップ…。
今日は意外な一面を垣間見た1日だったな…。
「ささ!もっともっと!これでもかってぐらいいーっぱい言ってよ!」
「え…」
何なんだこのわんこは。
言動が果てしなく謎過ぎる。
「なーなー言ってよー!もっと好きって言えよー!」
「いや、もう2回も言ったじゃん…」
「ダメ!足りない!」
「足りないって言われても…」
っていうか、中2にもなって駄々こねるなよ…。
服が伸びる。
「……言ってくれねぇの?」
「えっ…」
「言ってくれなきゃ俺…泣いちゃうよ…?」
「なっ…」
お、大型犬のクセに何なのこの男…!
そんな小型犬みたいな顔して上目遣いとか反則だって!
「ね?いーでしょ?お願い…」
「……」
悔しい。
コイツ、絶対わざとやってる。
今日待ち合わせた時だって、やたら褒めてからかってくるし、悔しいじゃん私ばっかり…。
何か困らせる方法は……あ、そうだ!
「…ねえ、快斗くん」
「うん?なになに?」
「私、どうしたら、いいのかな…?」
「えっ…?」
「好きで好きで、たまらないの…」
「っ…」
「ねぇ、私…どうしちゃったのかな…?胸が苦しくて、もう限界だよ…快斗くん…」
オエッ、なにこのキャラ。
すっごい気持ち悪い。
自分でやってて吐き気がする。
「なーんちゃって!どう?これで満足した?」
「……」
「か、快斗くん?」
あちゃー、やっぱキモくて引かれちゃったか…。
「きゃっ!ちょ、ちょっと大丈夫!?」
まるでハリボテが倒れるかの様に、顔面から地面へと勢い良く倒れ込んだ快斗くん。
い、意識がどこかにぶっ飛んでる気がするんだけどもしかして脳貧血起こしちゃった!?
「ちょっと快斗くんってば!どうしちゃったの!?」
「…はっ!」
「大丈夫?目眩したの?もしかして貧血?」
ど、どうしよう…。
意識は戻ったけど、ベンチで横にさせた方が…。
「杏ちゃんっ!!」
「ぎゃあっ!?」
「おおお、俺は狼でも無いしゲス野郎でもないから!だだだ、だから安心して!」
「……へ?」
快斗くんは私の肩を思いっきり掴み、全力で意味不明な事を叫んできた。
…この人、ほんとに病院行った方がいいんじゃない?
だって…。
「あのさ快斗くん、」
「は、はいっ!」
「顔、赤いよ?」
「…へ?」
「もしかしてキミ、熱あるんじゃない?」
「…それはきっと俺に舞い降りた春のせい!」
「ああ、はいはい。意味分かんない事言ってないで、ちょっとジッとしてて」
「わっ…!?」
近頃、熱を計る時は掌じゃなくておでこをくっ付けないとイマイチ加減が分からなかったりする。
きっと、これもあの几帳面の影響なんだと思う。
「うーん…。熱は無いみたいだけど、何かおかしくない?今日の快斗くん…」
「だっ、ダイジョーブ!俺ヘーキ!いたってケンコウオカシクナイ!!」
「…ホントにぃ?」
「おう!任せろ!」
何についての任せろ!≠ネんだろうか…。
まぁいっか。
きっとこの人、いつもこんな調子なんだろうな。
「じゃ、じゃあそろそろ帰ろうぜ!俺、杏ちゃんちまで送ってくから!」
「あ、うん。ありがと…っ、」
スッ、とさりげなく。
快斗くんが私の手を握ってきた。
「……」
…快斗くんの手、熱い。
いや…どっちだろう。
この熱は、私の…?
「具合、平気か?」
「へっ!?う、うん!大丈夫!」
「ならいいけど、調子悪くなったりしたら我慢しねぇですぐ言えよ?」
「う、うん、ありがと…」
私がお礼を言うと、ニコッと爽やかに笑う快斗くんに、不覚にも胸がときめいた自分がいた。
大人顔負けの紳士な部分もあれば、それとは正反対に子供みたいに無邪気な部分もある、ミステリアスな男の子。
女の子の扱いには慣れているようだけど、相手を嫌な気分にはさせない優しさと包容力。
…何だろう、この感じ。
でも、今までとは明らかに違う何かが、私の胸の奥に芽生えてるのは確かだ。
繋がった手から伝わる熱が、私の身体を少しずつ火照らせてゆく。
右手に快斗くんの体温を感じながら、妙に汗ばんだ左手でスカートをギュッ、と握りしめた。