「ありがとね。わざわざ送ってくれて」
「いーっていーって!女の子を1人で帰ら
せるなんて、俺のポリシーに反する事だし
!それより時間は?大丈夫?」
「うん。ギリギリ間に合った」
何を基準に決めたのか些か疑問なんだけど、中2で門限5時は正直厳しすぎるんじゃない?
そう感じるのは私の我が儘?
…いや、これに関しては私は強い姿勢で抗議していくべきだと思う。
今度お父さんに門限改定の要望をしてみよう。
「…にしても、」
「え?」
「杏ちゃんち、探偵やってるんだ…」
快斗くんがうちの事務所を見上げながら呟いた。
「ああ、うん…。でもお父さん、元々は捜査一課の刑事やってたんだよ」
「えっ、刑事!?しかも一課!?」
「でも私が7歳の時に辞めて、この探偵事務所を開いたんだって。でも全然お客さん来ないからそのうち潰れると思う」
「へ、へぇ…」
潰れたら潰れたで、私はお母さんのところに行くからどうでもいいけどね…。
「じゃあやっぱり、助手はお母さんがやってんのか?」
「ううん、お母さんとお父さんは今別居中」
「あ…そっ、か…」
「うん」
「…」
「…」
「…」
「…」
な、何ですかこの気まずい空気は…。
「な、なぁ。杏ちゃんはお母さんとは一緒に住まねぇの?」
「あ…うん。私としてはそっちの方がいいんだけど、お父さんが許してくれなくてさ。この前もその事で夫婦喧嘩してたよ…」
「…そっか」
お姉ちゃん曰く、お母さんは別居する際、私を連れて行こうとしたらしい。
体の弱い私の身を案じ、ここに置いておくと死んでしまうと悟ったのだとか。
でもお父さんが「出て行くなら1人で行け!杏は俺が面倒見る!」と言って譲らず…。
そして今も度々話し合いはしてるけど、話は平行線のまま。
「じゃあ親父さん、大変だな。母親の役目も担ってんだから…」
「えっ、まさか!お父さんは毎日お酒とギャンブルに明け暮れてるよ」
「はっ!?じゃあ誰が家事とかやってんだよ!?」
「料理とか洗濯は全部お姉ちゃんがやってくれてる。たまに私も掃除とか手伝うけど、お姉ちゃん1人でやった方が早い時もあるから…」
お父さんが虚弱体質に効くから飲めってうるさいから毎日不味い養命酒飲んでるのに、ちっとも効きやしないし…。
お陰で洗濯物を畳む作業だけは無駄に速く出来るようになっちゃったなー…。
でもよく死ななかったよなぁ、毛利杏。
あの父親の元で生活してて…。
ま、ちゃんと生き延びてるのはきっとお姉ちゃんのお陰なんだろうな…。
「ねえ、快斗くんのところはお父さんとお母さん、仲良いの?」
「え?ああ…いや、俺んとこ、親父いねぇんだ。俺が9歳の時マジックショーの最中事故で死んじまってさ…」
「あ…そう、なんだ…」
そういえばそうだったと、快斗くんの言葉で気が付いた。
「変な事、聞いちゃってごめん…」
この世界に来てから、私は日に日に原作の中身を忘れていってしまってる。
唯一覚えてるのは、新ちゃんがコナンになる事と、快斗くんがキッドになる事。
これぐらいしか、分かんないや…。
「…え?」
ふと、頭に感じる重み。
顔を上げると、優しい目をした快斗くんが私の頭をポンポンと撫でていた。
「言いたくなかったら、最初から言ってねぇよ」
「え…?」
「俺、杏ちゃんに知って欲しかったから話したんだぜ?」
「…私に?」
「うん。だから謝んなくていいよ。杏ちゃんには、俺の事全部知って欲しいって思ってるから」
「……そ、そっか」
「うん」
な、何なのさこの男は!?
キザな事サラリと言っちゃってさぁ!
何か既にキッドみたいじゃん…!
ぜ、全部知って欲しいって、何でいきなりそんな事…。
ああ、もう!
チャラ男の心理が全部解説してある本とか無いわけ!?
「…でも俺、杏ちゃんの両親が羨ましいよ」
「え?どうして?」
「だっていいじゃん。ケンカする相手がちゃんといるんだから」
そう言って、快斗くんはニコリと微笑んだ。
「うちのお袋、親父が死んでから死に物狂いで海外で遊び歩いててさー。あのババァ、寂しいとか絶対言わねぇけど、俺からしたらまるで寂しさを埋めてる様にしか見えねぇんだよなー」
でもその笑顔は、どこか寂しげだった。
…それもそうか。
尊敬するお父さんを失って、お母さんと快斗くんは計り知れない孤独を味わったのだから…。
「…快斗くんのお父さんって、きっとすごく素敵なマジシャンだったんだろうね?」
「ああ!俺の親父のマジックは世界一なんだぜ!どんなに腕の良いマジシャンも、親父に敵う奴なんか1人もいねぇんだ!」
キラキラ笑顔で生き生きと、そう断言する快斗くんは、今まで見たことないくらい嬉しそうだった。
…何だか、素敵だな。
「快斗くんは、お父さんが大好きなんだね」
「えっ!?あ、いや、違うよ!別にそーゆー意味じゃ」
「いいじゃん、隠さなくったって。尊敬してる人が自分のお父さんだなんて、私は素敵だと思うけど」
「…そ、そーだよな!」
「うん!」
うちなんか、あの呑んだくれ親父を自慢出来る要素なんか1つも無いから羨ましい。
「…じゃあ、俺…そろそろ帰るな?」
「あ…うん。ありがとう、送ってくれて…」
「いいって。今日1日めちゃくちゃ楽しかったから」
「……うん…」
私も、楽しかった。
その一言が、素直に言えない。
理由なんてとっくに分かってる。
ただただ照れ臭いだけ。
そんな感情が邪魔をして、可愛く振る舞えない。
「…じゃあ、またな」
「あ…」
ダメ、行かないで。
「……杏ちゃん?」
「っ!?」
快斗くんの声で我に返ると、自分が快斗くんの袖を引っ張っていた事に気付いた。
「ごっ…ごめん!」
手を慌てて離すものの、どう言い訳をすればいいのか全く思い浮かばず、完全に脳内真っ白状態。
…無意識に、引っ張ってしまった。
その事がどういう意味なのか。
それに気付いた途端、自分の顔が燃え上がる勢いで真っ赤になっていくのが分かった。
「…ねえ杏ちゃん、もしかして熱あるんじゃない?」
「へっ!?え…あっ、」
イタズラっ子の様に笑った快斗くんは、自分の額を私の額に優しく当てた。
…確信した。
きっとこれは、さっきの仕返しだ。
意外とこのワンコ、やられたらやり返す主義なのかも……って!
私ったら何で悠長に感心しちゃってるのよっ…!
「…か、か、快斗くん?」
「…うん?」
「いや、あの、は…離れてくれない!?もう解散しないとお父さんが」
「杏ちゃんの眼…」
「…え??」
「宝石みたいにキラキラしてる…。すっげー綺麗…」
「……」
額から伝わる快斗くんの体温が、妙に心地良くて。
ほんの少し、目を細めた。
触れ合ってる箇所から熱が広がり、心拍数が上昇していく。
突然の褒め言葉に頭の中が真っ白になるし、どう反応していいのか戸惑ってばかり。
そんな私に追い打ちをかける様に、快斗くんの手が私の頬に触れた。
「…近いよ、快斗くん」
「…嫌?」
「え…」
「杏ちゃんが嫌なら、離れるけど?」
「っ…」
嫌だったら、とっくに自分から離れてる。
それを快斗くんも分かってるから、こうやってわざと聞いて私の反応を試してるんだ。
……ああ、悔しいな。
結局最初から最後まで、快斗くんのペースに振り回されっぱなしだった…。
「あ…今の杏ちゃん、すげー可愛い顔」
「っ、な、何それ!からかわないで、」
「からかってないよ。本当に可愛いんだもん」
「っ…」
ダメ。溢れる。
我慢しなきゃいけないのに。
心が、悲鳴をあげてる。
「杏ー!」
私を呼ぶ、聞き慣れた声。
慌てて振り向くと、お姉ちゃんが手を振りながら新ちゃんと仲良く並んで歩いてきた。
「お帰りー!…じゃあ快斗くん、今日はありが」
「なぁ、アイツ…誰?」
「えっ?」
「あの男…。杏ちゃんの知り合い?」
快斗くんが怪訝な表情を浮かべて、私に聞いた。
「いや、知り合いっていうか…幼なじみ、かな。一応…」
「ふーん…」
元カレと呼ぶには抵抗があった。
実質、付き合ってる期間は「私」では無かったし、それに…。
「…ん?俺の顔に何かついてる?」
「っ、な、何でもない…!」
「??」
慌てて自分の顔を伏せた直後、カッと熱くなっていくのが分かった。
へ、変に思われたかな…。
でも、快斗くんには知られたく無いんだ。
何故そう思ってしまうのか自分でも分からないけど、新ちゃんとの事は私の中では無かった事にしたい。
そう思ってバッグを握り締める自分の手は、いつもよりヤケに熱くなっていた。