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Zauber Karte

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苦し紛れの逃走


「ね、ねぇ快斗くん…」
「んー?」
「今日観る映画って、もしかしてホラー…?」
「当ったりー!今月公開されたばかりのゾンビハザード!俺すっげぇ観たかったんだー!」


満面の笑みを浮かべながら、そう言ってのけた快斗くん。


「…ああ、そう」


この態度に呆れたというか、何というか…。
いや、タダで映画見れるんだから文句言うのは間違いなのかもしれないけどさ?
たかがこの前のお礼だとしても、普通女の子とのデートにホラー映画をチョイスする?
ここはラブコメとかアクション映画とかを選ぶべきなんじゃないの?
このわんこの脳内構造がどんな風になってるのか、1度でいいから頭かち割って見てみたいものだ。
…まぁ、ホラー苦手じゃないし別にいいけど。


“急げ!早く扉を閉めろ!”
“だっ、ダメだ!間に合わない!”
“う、うわぁーーーっ!!!”


「やだ、ちょっと何これ…」
「あ、もしかして杏ちゃん怖くなっちゃった!?じゃあ遠慮無く俺の胸に飛び込」
「よく出来てる…」
「……え?」
「ここまで繊細に作り込まれた特殊メイク…。今回担当した人ってもしかしてあの有名な人が…」
「…杏、ちゃん?」


快斗くんが持ってたパンフレットのスタッフ欄をチェックすると、世界的に有名な特殊メイクアップアーティストの名前がズラリと並んでいた。
これだけの先鋭メンバーが揃えば、クオリティが高いのも納得だ。


「ねえ快斗くん、ここに書かれてる脚本家やスタッフさん、みんな世界的に有名な人ばっかりだよ。それにキャストも凄い豪華だし、何より演出が凄い…。ねえ、これどのくらい興行収入いくと思う?あのエクソシスト抜くかな?抜くよね?抜かなきゃおかしいよね」
「……抜くといいね」


人間がグッチャグチャにされるシーンになった途端、周りに座ってる女の人達が小さく悲鳴を上げて彼氏に抱き着くという光景は最早鉄板。
多少イラッと来るものがあるけど、まぁ映画館だし妥協するしかない。
それよりこの映画、DVD出たらレンタルショップで借りてじっくり見よう。
そう心に決めつつ夢中になって見ていたら、あっという間にエンドロール。
館内至る所から、カップルの片割れがすすり泣く声が聞こえ始めた。
……これのどこが泣けるんだろう。
寧ろ称賛の拍手が挙がってもいいと思うんだけど…。


「ぐすっ…」
「…え?」


ふと隣を見ると、いつの間に快斗くんは体勢を変えたのだろう。
膝を抱え、顔を足の間に埋める形になっていた。
……まさか。


「あの…快斗くん、もしかして泣いてる?」
「……」


私が聞くと、快斗くんは濡れた瞳を3秒程向けてまたすぐに顔を埋めてしまった。
ま、マジで泣いてる…。


「あー…私は楽しかったけど?」
「……」
「か、快斗くんは怖かった…?」
「…違ウ」
「え?」
「僕ハ、悲シイ…」
「か…悲しい?」


この映画に悲しい場面なんてあったっけ…?
あ、もしかして仲間がゾンビに食べられるシーンで…。


「…はい、ハンカチ貸してあげるから涙拭きな」
「…え?」
「男の子でしょ?メソメソ泣かない」
「……」


座席で膝を抱えてシクシク泣いてる快斗くんは、私が差し出したハンカチを目にも留まらぬ速さで受け取り涙を拭った。
…何か、すごく一生懸命に拭くなぁこの人。


「…私、快斗くんみたいな男の子、結構好きかも」
「へえ、そりゃどー……えっ!?」
「あ、丁度3時だね。何か甘いものでも食べに行こうよ」
「えっ、あ…」


快斗くんの腕を引っ張り、映画館の隣にあるカフェに入った。
マスターがアンティークに凝っているのか、大人向けな雰囲気のお店。
…へぇ、結構いい感じじゃん。
今度お姉ちゃんと園子誘って来よう。


「あ、あのー…杏ちゃん?」
「んー?」


えーと、何にしようかな…。
あ、期間限定のフレッシュ苺ジュース美味しそう…。


「さ、さっき、お、俺の事…す、す、す…好きって、言った、よね?」
「え?ああ、うん」
「デスヨネ!俺の聞き間違いじゃないヨネ!?」
「…あのさ、何か誤解してない?」
「へっ!?」
「さっきのは、loveじゃなくてlikeの意味だったんだけど…」
「…そっ、か」
「…うん」


快斗くんて、喜んだり黙り込んだり忙しい人だな…。


「…ぜってーloveに変えてやる」
「…何か言った?」
「…俺、パフェにしよーっと。杏ちゃんは?何にするか決まった?」
「あ、うん…」
「じゃあベル鳴らすね」


快斗くんが一体何を呟いたのか、私にはうまく聞き取れなかった。
でも、彼が何かを決意したのだという事は分かった。
口角を上げて笑い、自信に満ち溢れた表情を、私は見ていたから。


「ご注文はお決まりですか?」
「あ、はい…えっと、」


チラッと快斗くんを見ると、もうさっきの様な不敵な笑みを浮かべた彼はいなかった。
目の前に座る快斗くんは、元の中学生男子に戻っていた。


bkm?

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