be mine | ナノ

Zauber Karte

http://nanos.jp/968syrupy910/

追憶


放課後、私はお姉ちゃんの言いつけ通り、面倒くさがる新ちゃんを引き連れて阿笠博士の家を訪れた。
初めて会った博士はやっぱり想像通り年老いたマリオそのもの。
新ちゃん曰く、博士は7年ぶりに私と顔を合わせたらしく、その喜び様ときたら物凄い迫力で…。


「あんなに小さかった杏くんがこんな立派になっとったとはのぉ…!」
「博士なにも泣くことは…」


盛大に泣かれた。
新ちゃんのフォローも無意味に空回りするぐらいの泣きっぷり。
そしてやっと泣き止んだと思ったら、小一時間、博士の他愛のない世間話に付き合わされるハメになった。
一人暮らしだと、話し相手もいなくて寂しいんだろう。
そんな同情心が邪魔をして、帰るに帰れない状態となった。


「それじゃあ、私達はこれで…」
「またいつでも来てくれて構わんからのぉ。ご両親にくれぐれもよろしくと伝えておいてくれ」


何度目かわからないお礼の言葉を残し、私は新ちゃんと阿笠邸をあとにした。


「はぁ…長かった…」
「あー疲れた…」


ドッと疲れが出て、深いため息をつく私と新ちゃん。


「ったく…博士のヤツ、話長ぇんだよ…。ふぁーぁ…」
「ほんと…」


まぁ言わずもがな、私自身は完全に初対面だったから全てが新鮮だったけど、博士は毛利杏とはそれこそ10年近く?
とにかくかなり久しぶりの再会だったって言ってたし、口が止まらなくなるのも無理はないか…。


「それにしても、あのケーキすごい美味しかったなー…」
「そりゃそーだ。オメーの選んだやつが一番高かったんだからな」
「ま、まぁいいじゃんそんくらい…」


阿笠邸へ向かう途中。
さすがにあんな上等な物をくれた手前、手ぶらじゃまずいと思い、新ちゃんのアドバイスを参考に数種類のケーキを買っていった。
ま、正確に言うと、買ってもらったんだけど。


「ったくよー…。大体防犯ブザーを貰ったのはオメーだろ?それなのに何で俺がケーキ代を払わなきゃなんねーんだよ?俺だってオメーと同じで毎月の小遣い少ねぇんだぞ?」


新ちゃんの言う少ない≠ニは、私で言う多すぎて使い道に困る額≠ナ間違いない。
ケーキ屋で新ちゃんのお財布を横から覗いた時、少なくとも一万円札が5枚は入っていた。
一人暮らしに必要な経費は全てあのセレブリティなバロン紳士の口座から勝手に引き落とされてるらしいし、食費だってもしもの時の為に≠ニいう名目で持たされてる優作さん名義のクレジットカードで新ちゃんは毎月賄ってる。
……という事は、あの諭吉軍団は全て新ちゃんの私利私欲の為だけに存在してる、という事になる。
そんな幼なじみが傍らにいるのなら、月々のお小遣い僅か2千円の私がわざわざお高いケーキなんて進んで支払う必要なんか無い。
うん、我ながらなんて納得のいく方程式。


「おい!オメーちゃんと聞いてんのかよ!?」
「ねえ新ちゃん。私、思うんだけどさぁ、」
「…あ?」
「阿笠博士の家って、物凄く斬新なデザインだよねー」
「人の話聞けよ!」


さて、と……。
用事も済んだ事だし、いつまでもネチネチと文句垂れ流してるこのボンボンは放っておいて、私も帰ろうっと。


「それじゃあね新ちゃん。また明日〜」
「えっ!?お、おい!」


まさか博士の隣の家が新ちゃんの家だったとは…。
毎日使ってる通学路なのに一切話題にも上がってなかったから分かんなかった。
そんな事を考えながら、無駄に大きいナイトバロン御殿を横目にすぐに解散した。
あ、そういえばお姉ちゃん、夜は家族4人揃ってパーティーだって言ってたっけ…。
私も急いで帰って準備手伝わないと。
そんな事を思いながらケータイを開くと、快斗くんからメールが数通入っていた。
内容はどれも他愛のないものばかりで、今日はどうやら友達とカラオケに行ってる様だった。
…あ、そうだ。
さっき、阿笠博士からトロピカルランドのペア招待券を2枚譲ってもらったんだっけ…。
1枚で2人分使えるから、片方はお姉ちゃんに譲るとして…。
もう片方はどうしよう…?
せっかくもらったものを使わないのは勿体無い。
期限はまだまだずっと先だから別に慌てて行く必要は無いのだけど、博士が言うには新エリアがオープンしたとかで今話題になってるみたいだ。
せっかくなら快斗くんを誘ってみようか…。
次の土曜日の行き先は動物園ってもう決まってるし、その次の時にでも一緒に……。


「………」


いやいやいやいや、待ちなさい私。
なんで真っ先に快斗くん誘う選択になるわけ?
なに平然と誘おうとしてんの!?
それってつまりまた遊びに行きたいって事になるじゃん!
決して違うから!
学習しろよ私!
ホントだったら次の土曜日だって別に快斗くんと遊ぶ必要は無かったのに園子とお姉ちゃんが茶々入れるから行く事になったわけで…!
ってか、遊園地なんて別に園子と行ったっていいわけだし!


「おい」
「ぎゃっ!?」


急に声をかけられて心臓が跳ね上がった。
さっき別れたはずの新ちゃんが、何故か不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら私の前で仁王立ちをしている。


「え…新ちゃん、なに?どしたの?」


慌てて聞き返すと、新ちゃんは更に深く眉間に皺を寄せ、乱暴に私の通学鞄をひったくった。


「…送ってく」
「は?え?何で?」
「いいだろ、別に」
「いや、いいから。1人で帰」
「うっせえ!黙って送られろ!」
「…はあ?」


頭の中が一気にクエスチョンマークで埋め尽くされた。
さっきまでは普通だったのに、何でいきなりこんなに機嫌悪くなってんの?
てかなんで帰んないの?


「……もう…」


送るって言ったくせに1人で勝手に言っちゃうし…。
なに?あの態度。
訳わかんない。
ま、いいや…。
めんどくさいから放っておこ。
メールの返事、送らないといけないし…。


「…気、抜くなよ?」


何を思ったのか、フラフラと戻ってくるなり突然どこかの大佐みたいなセリフを呟く新ちゃん。
ケータイでメールを作ろうとしていた私の事なんかお構い無しだ。


「いきなり何の話?」
「だから防犯ブザーの事だよ。オメーの事だから、あれを過信してフラフラ歩き回るんじゃねーかと思ってよ」


この男は私の事を一体どんな目で見てるんだよ…。
っていうか、放浪癖のあるあんたに言われたくないから!


「あんなもん、いざとなった時に役に立つかどうかなんて分かんねぇし…」


この男の考える事は本当に謎だ。
だったら何で博士にわざわざ頼んだんだろ?
併せて超強力な催涙スプレーでも作ってもらえば良かったじゃん。


「ま、何にも持ってねぇよりマシだけどな。こっちもちったぁ安心するし」
「……」


ふぁー、とあくびをしながら話す新ちゃんを見ながら、ふと思い出した。


ーそれで大好きなお姉ちゃんに助けを求めればいいじゃん。愛しの工藤くんに助けてもらえばいいじゃん。それとも何?あの事をバラされるのが怖いから呼べないわけ?ー


昨日、あいつらが言ってたあの事=c。


ー散々周りの人間騙してきた癖に、何もかも全部無かった事にするわけ?ー


私が知らない、過去の私≠ノ何があったのか。


ーあんたの本性、工藤くんに教えたらどんな顔するかしらね?ー


将来の名探偵に聞けば、少しは手がかりが掴めるかも…。


「…ねえ、新ちゃん」
「ぁん?」


毛利杏の過去の記憶が丸ごと無いからあまり攻めた事を聞くと逆に問い詰められるだろうから、ここは慎重に聞かないと…。


「なんであの子達…私を標的にしたのかな?」
「あー、あいつら?さぁなー…どうせロクでもねぇ理由なんじゃねーの?」


で、ですよね…。


「もしかしたら私、気付かないうちに何か気に障る事しちゃったのかなぁ?あはは…」


私が笑いながら言うと、新ちゃんは急に怖い顔をして口を開いた。


「…例えそうだったとしても、あいつらのやってる事は立派な犯罪だよ」
「……新ちゃん…」
「ぜってー許される事なんかじゃない。だろ?」


険しい顔でそう言い切った新ちゃんから、怒り、悔しさ、やり切れなさ…そういった感情が痛いほど伝わってくる。


「…うん。そうだね」


学校という閉鎖的な場所だからこそ、こういう問題は起きやすいんだと思う。
誰でも標的にされる可能性はあるっていうのは頭では分かってるけど、いざ自分がその標的になると身体的にも精神的にも色々な面で辛いものがある。
新ちゃんやお姉ちゃん、園子がいるから、私は今、こうやって学校に通えてる。


「…新ちゃん…どうだった?」
「ん?」
「いや…私、最初はあの子達とは普通だった…じゃん?どんな感じに見えてた?新ちゃんから見て…」
「俺から見て…?」


言葉を選びながら慎重に聞く。
私とあの子達が初めから啀み合ってたわけじゃない事は、この前見た夢でわかってたけど、実際に記憶があるわけじゃ無いから新ちゃんに確認しておきたかった。


「あー…そういやオメー、初めはすげー楽しそうにしてたなー…。コンタクトを拾うの手伝ってもらったのをきっかけに仲良くなったって…」


やっぱり保健室で見た夢は毛利杏の記憶の一部≠セったんだ…。


「オメー、すげぇ喜んでたよな。初めて俺や園子以外の友達ができたっつって、休み時間一緒に過ごすのはもちろん、放課後あいつらと遊びに行ったりしててよー。蘭が寂しがってたぜ?」
「あはは…」


新たに聞く事実に少しビックリした。
休み時間も放課後も一緒に?
…全く想像できない。


「…あ、でもそういや…」
「え?」


顎に指を添え、新ちゃんがなにかを考え込みだした。


「そういやぁ少し経った頃、蘭が聞いてきたな…。最近、家や学校で杏の元気が無い気がするんだけど心当たり無いかって…」
「…お姉ちゃんが?」
「ああ…。俺は気付かなかったけど、アイツほら、オメーに対しては親父さん以上に気をつけて見てるだろ?」
「う、うん…」
「まぁ双子だからそういうトコ敏感に感じ取ったんだろうなー」
「…そう」


元気がなくなった…?
もし私があの子達と喧嘩をしたんだとしたらあのグループからは疎遠になるはずだけど、このニュアンスだとどうやらそうでは無いみたいだ。


「俺も確かによく見かけてたぜ?オメーがあいつらと休み時間や下校の時によく一緒にいるのを」
「そ、そうなんだ…」
「けど確かに今思えば…途中からオメー、ヤケに暗かったな。なんつーか、無理して付き合ってるみてーなそんな感じでさ」
「……」
「ま、そっから割とすぐに蘭がシビレ切らしてオメーと常に一緒に行動するようになってからは徐々に戻ってったし、俺も安心したけどな」
「…そう」


きっとその時、何かトラブルがあったんだと確信した。
それが何なのかまでは、いくら新ちゃんでも推理は出来ないだろう。
かと言ってあの子達に聞けるわけもないし、ひとまず私の調査はここまでかな…。
ふぅ、とため息を吐きつつ、さっき作ろうとしてた快斗くんへのメール画面を開いた。


「そういえばアイツら、俺が杏に防犯ブザー渡してる時こっち見てたぜ?少しは大人しくなるんじゃねぇか?」
「へー…」
「ああ、それと!夜も勿論だが学校でもぜっっっってー1人になるんじゃねぇぞ?防犯ブザーを持ってても、だ!分かってるよな!?例の強姦魔もまだ捕まってねーんだから!それからいくら運動解禁したとはいえ調子に乗ってると…」
「……」


くどくどくどくど。
この男は一度スイッチが入ると止まる事を知らない。
工藤新一の工藤はクドいの工藤だなと改めて思った。
快斗くんへのメールを作ると決めたにも関わらず、私の親指は文字を打ち込む事も出来ず、家に着くまでただ延々と空中をなぞるだけだった。


bkm?

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -