be mine | ナノ

Zauber Karte

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矛盾+考察=???


静まり返った階段の踊り場で、私と新ちゃんは一度歩みを止めた。
…というか、私が止めさせた。


「いい?さっきも言った通り、絶対にお姉ちゃんには言わないでよ?」


何度も念を押す私を余所に、このオタクは気怠そうに頭を掻く素振りをしてみせた。


「別に何でもいいけどよ…。何もそこまでする必要は無ぇんじゃねーの?」


分かってはいたけど、鈍感にも限度ってものがある。


「あんたが思ってる以上に女心ってのは複雑且つ繊細に出来てんの。いいから黙って言う事聞け」
「……」


私がお姉ちゃんにどれだけ気を遣っているか、少しはこのオタクも察して欲しい。
時間差で教室に入る事にしたのも、コイツが病院前で待ち伏せしてた事を内緒にするのも、全てはお姉ちゃんを不安にさせない為。
なのにこの超鈍感オタクは何度説明しても理由を理解してくれず、教室を目前にしてもまだこの足掻きっぷり。
…正直、すごい疲れる。


「…んじゃ、私もう行くから」
「へっ?行くって何処に…?」
「新ちゃんには関係ないから言わない。じゃーね」
「あっ、おい杏!」


納得出来ないと言いたげな顔で佇む新ちゃんを残し、私は屋上へと向かった。
あの鈍感がきちんと約束を守ってくれるかどうか不安な部分もあったけど、そこは未来の名探偵を信じる事にした。
んまぁ、万が一お姉ちゃんにバレたとしても、そこは私が理由をつけて無理矢理呼び出した事にすればいいワケだし…。
要は“新ちゃんの意思”じゃなければ不安要素なんてどこにも無いわけだ。
それにもし約束を破ったら、ペナルティとして工藤邸の壁に落書きをしてやれば2度と約束を破る事はしないでしょ…。
そんな事を頭の中で計算しながら、私は屋上へ通じるドアノブに手を掛けた。


ギィッ……


錆びついた金属音を響かせたドアの隙間から、明るい光が差し込む。
…良かった、鍵はかかっていないみたいだ。
という事は、彼女は今日もここにいる。
無意識に緩んでしまった口元を慌てて結び直し、私は扉の外へと飛び出した。
昨日と同じ景色が目の前に広がり、湿布の貼られた肩口がズクズクと鈍く痛みだす。
それを振り切る様に半ば急ぎ足で梯子を登ると、こちらを背にして彼女は寝転がっていた。
昨日と同じ様に、通学鞄を枕にして。


「せーんぱい」


私の気配が分かっていたのか、彼女は特に見向きもせず、背を向けたままピクリとも動かなかった。


「昨日はありがとうございました。保健室まで運んでくれて」
「……」
「せ、先輩って見かけに寄らず力持ちなんですねー!保健の先生も驚いてましたよ?」
「……」


ああ、ソーデスカ…。
徹底的に無視ですか…。


「えーっと…。と、とりあえずお礼だけはどうしても言いたかったっていうか…。これで私の気は済んだわけなんですけど…。その……」


さすがにこうも反応が無いと言葉に詰まってしまう。
…やっぱり禁句かもしれない。
“私もここに居させて下さい”なんて、いくらなんでも厚かまし過ぎる。
誰だって自分のテリトリーを侵害されるのは嫌なものだし…。


「そ、それじゃあ私はこれで…」


おずおずと彼女の背中に呟いて、私はたった今登ってきたばかりの梯子に足をかけた。
…が、そのまま降りる事は無く。


「…いいん、ですか?」


聞いてみても相変わらずこっちを向いてはくれない彼女だけれど、どうやら彼女は心の底から私の事を嫌がっているわけでは無いみたいだ。
だって、私が座るスペースを作る為に、わざわざ体を動かしてくれたから。


「…ありがとうございます」


ああ、この人は何て不器用な人なんだろう。
先輩のぎこちない優しさに、思わず頬が緩んでしまう。
静かに彼女の隣へ腰を下ろし、スカートのポケットの中にあるケータイを取り出すと、通知ランプがチカチカと青く点滅していた。
…何で、かな。
ここが青く光る度に、若干だけど胸が踊る様な、そんな感覚がする。


−新着メール 1件−


園子の思いつきで江古田に突撃して以来、快斗くんとは頻繁にメールを交換する様になった。
朝起きると必ず快斗くんから“おはよう”が届いていて、そこから他愛の無いやりとりが続く。
今日は少し肌寒いね、とか。
お昼のお弁当はこれが入ってたよ、とか。
これから宿題片付けるね、とか。
本当に呆れるぐらい、些細な事をメールで会話する毎日。
さすがに“体育の授業中に面白い形の雲を見た!”と、ご丁寧に写真まで添付してきた時は驚いたけど…。
でも、そんな風に人懐っこくて無邪気で、まだまだ子供な彼が、私にはとても可愛く感じる。
弟がいたらこんな感じなのかな…。
まぁとにかく、きっと彼は今日も友達と学校で楽しく過ごしてるに違いない。
そんな他愛の無いやり取りを交わした1日の終わりには、今度は私から。

“今日はもう寝るね。おやすみなさい”

そして、朝起きると必ず点滅している青色のランプ。

“おはよー!今日もいい天気だなー(^o^)o”

こんな風に元気が溢れ出てる彼からのメールは、もはや私の生活の一部になっていると言っても過言では無い気がした。
…けど、正直言って、私はあまりメールというツールは好きではない。
用があるなら電話で済ませればいいだけの事で、わざわざメールなんてまどろっこしい…ってどうしても思ってしまう。
だから快斗くんと初めて遊びに行った後も、自分からはメールを送らなかった。
そのせいで園子から雷を落とされ江古田に行くハメになったけど、本当に今でもその考えは変わらない。
……うん。
変わってない、はず…。
……いや、はずじゃない、断じて無い。
だって今お姉ちゃんや園子に長文メールを送れって言われても無理、出来ない。
咄嗟にケータイを操作し、自分が今まであの2人に送ったメールを確認してみるも、やっぱりどれも一言二言のみの簡素な文だった。
もちろん絵文字なんて華美なものはついてなく、改めて見返すと自分でも素っ気ないと感じるほど。
…ほら、やっぱり何も変わってない。

『メールなんて手間も時間もかかるだけで、どこが楽しいのか全く理解出来ない』

言葉には出さず、言い聞かせる様に心の中で呟いたセリフ。
それは何故か、胸の奥でグルグルと空回りしている様な気がした。
正体不明の戸惑いが、胸の奥底で渦巻いてるのが嫌でも分かる。
……だって、明らかに矛盾してるから。
メールが苦手なのにも関わらず、快斗くんには長ったらしいメール送っちゃったりしてるし…。
しかも毎回必ず見直して、変な部分があったら修正とかしちゃってるし…!


「………うっ…」


何か私、キモくない…?
果てしなくキモい方向にいきつつある気がするんですけど!
どうしよう、どうしよう。
顔に集まった熱をどうにかしたくて、体操座りをしていた自分の膝の間に顔を埋めた。
けれどそれでも治まらず、顔の熱は忽ち全身へと広がっていく。
な…っ、何なのこれ!
こんなの私じゃないっ!


「う…うわああーーーっ!!」


突然言い表す事の出来ない羞恥心が溢れ、咄嗟に髪をグシャグシャに掻き回しながら声を荒げた。
な、何かすっごい叫びたいっ!!


「何だよいきなり!ウッセーなぁ!」
「あ…ご、ごめんなさい…」


さすがに先輩も驚いたのか、まるで不審者でも目撃したかの様な眼差しを私に向けた。
いや…うん、まぁ、そりゃあ今のは不審者もビックリな行動だったかもしれない。
けど……と、とりあえず落ち着こう。
幸いここは屋外。
新鮮な空気なら無限にあるし、まずは深呼吸、深呼吸…!


「ふー……」


理由も分からず火照った顔と騒がしくなる心臓。
それを冷ますべく、胸いっぱいに酸素を取り込むと、少しずつ心臓のリズムも普段通りの落ち着きを取り戻していった。
あー…これはダメかもしれない。
念の為に今度内科で検査してもらおう。
きっと何か病気が隠れてるのかもしれないし、そういうのは早期発見が大事だってよく聞くし。


「…お前さぁ、」
「え?」
「精神科行けば?今のはねぇって、マジで」
「……」


昨日知り合ったばかりの人にこんな事を言われて落ち込まない人はいない…と、思う。
…でも、ホントにそうだ。
最近の私はどうかしてる。
やたら溜め息をついたり、ボーッとする事が多くなったとお姉ちゃんや園子に指摘されるし、暇さえあればこんなふうにケータイを開いてしまう。
…それに、この前のアレだってそうだ。
快斗くんが私の手を握っただけなのに、全身の血液が一気に沸騰していく様な…。
とにかく、味わった事の無い不思議な感覚が全身を駆け抜けていった。
……こんなの、今までの私だったら。


「っ、」


そう思って、ハッと気付く。
…そうだ。
何も、残ってないんだ。
私には“過去の記憶”が無い。
だから、自分がベストだと感じる対応が出来なくなってしまってるから、こんなふうにいちいち戸惑ってるのかもしれない。
人は経験を積み重ね、学び、成長していく生き物。
その学んできたもの全てが抜け落ちてしまっているせいで、快斗くんの言葉や大胆な態度の1つ1つに、無駄に狼狽え、どう反応すればいいのか分からないんだ…。

過去が分からない自分。
記憶が無い、自分。

冷静に考えると、その事実がとても恐ろしく感じ、目に見えない恐怖が背筋を這い上がってくる様な感覚がした。
いつの間にか脳内から消えてしまった自分自身の過去。
意識を集中したって、当然何も浮かんでくるはずがない。
それどころか、毛利杏自身の記憶ですら未だ探し当てる事が出来ないままだ。
…でも、快斗くんの言動や態度にいちいち驚く理由が分かっただけでも良かったかもしれない。
きっと、身体が中学生だからっていうのもあるのだろう。
肉体年齢と精神年齢が合っていないせいで、心がうまくついていけてないんだ、きっと…。
うん…そうだよ。
そういう事にしとこう。
考え込んだって何か分かる訳ないし…。
それに実際、この世界で目を覚ました時と比べると、心がだんだん幼くなってしまった様な気がしてならないし、あながち間違ってはいないのかも…。


ヴーーッ、ヴーーッ…


握っていたケータイが震え、メールの受信を知らせる。
……ああ、メールの返事、何て送ろう。
普通にすればいいのに、何が普通で何が普通じゃないのかすっかり見失ってしまった…。


「…先輩」
「あ?」


良かった、返事してくれた…。


「メールって、難しいですよね…」
「……は?」


何だか今日は、ヤケに気が滅入る。
後であのホームズ信者にジュース奢ってもらおう。


「メールなんて大っ嫌い…。この世から滅びればいいのに…」
「…お前マジ病院行けって」


絵文字とか顔文字とか、はたまたデコメとかスタンプとか、一体何なの?
もう意味不明過ぎてグシャグシャだ。
色んな伝え方がありすぎて、自分がどれを選べばいいのか皆目見当が付かない。
…ああっ、もう!!
メールなんて本当に大っ嫌いなんだから!!
こんなツールを開発した人を恨んでやるっ!!!


キーンコーンカーンコーン


自分でも意味不明な怒りと混乱が脳内を飛び交う中、長い様で短かった4時間目が終わりを告げた。
鐘の音を耳にした瞬間、自分の気持ちが瞬時に切り替えられ、一気に冷静になっていく。
…戻らなきゃ。


「それじゃあ私、行きますね」


すっかり落ち着きを取り戻した私がそう声をかけると、隣で寝転がっていた先輩はシッシッと払い除ける仕草をしてみせた。
その動きに連動して、彼女の光る絹糸の様な長い黒髪が、ゆらゆらと風に揺れる。


「…明日からお昼、ここで食べよっかなー」


試しに呟くと、微かに溜め息をつかれた様な気がした。
口の悪い彼女のささやかな抵抗…にしては、とても可愛らしく感じる。


「私の事が本気でウザかったら、鍵かけておいて構いませんから」


彼女からの返事は期待していなかったから、その後はそそくさと屋上をあとにした。
彼女が何故いつも屋上にいるのかなんて、そんな事は別にどうでも良い。
もしかしたら単に群れるのが好きではない性格なのかもしれないし、たまたま今日もサボりたかっただけなのかもしれない。
どちらにしても、私はこの人と同じ空間にいる事に、妙な居心地の良さを感じていた。
会話なんか無くても、気を遣う事が無いからそれだけで楽に過ごせる。
お姉ちゃんや園子と一緒にいる時とは全然違う感覚で、私はこの人と友達になりたいとさえ感じていた。
…ああ、メール、返さなきゃ。


bkm?

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