現場を見ようと舞台に立つと、優月が俺より先に遺体へ駆け寄った。
涙を浮かべながら遺体を眺めるその姿は、不謹慎だが綺麗だと思った。
そして十字を斬った後、当たり前のようにして現場検証を始めた。
俺が止めようと声をかけても全く反応が無く、ただひたすら見て回っていた。
警察が到着したのはそのすぐ後。
《撃たれたのが、まさかヒースとは…》
《知ってるんですか?警部》
《ウチのカミさんが彼の大ファンでな…。で?状況は?》
「出演者達は部屋で待機中。観客は逃げちゃったわよ、ラディッシュ!」
「優月!!」
「折角のお休みなのにラディッシュに会う羽目になるなんてね」
「いやー、携帯に連絡しても繋がらないから諦めて来てみたが、君がいてよかったよ!HAHAHA!」
…コイツら知り合いだったのか?
「…弾は胸に一発。背中の翼の仕掛けに食い込んでたわ…」
「ああ、これか…」
「弾の入射角度は上から40度ってとこね」
「40度?かなり上だな…」
優月のやつ、まるで警察の人間みてーだな…。
言ってる事は正しいし、警部とも知り合いみてーだし。
…今度は本物の警部だよな?
《痛たた…!!》
「あ、やっぱ本物か…」
どうやらシャロンじゃねーみてぇだな。
しっかしこのオッサン、よく伸びるなー。
これだけメタボなら納得いくな。
…今度目暮警部の顔も引っ張ってみるか。
「新ちゃん何してんの!ラディッシュに失礼よ!」
「あ?」
「優月!…こいつが有希子の息子の新一か?」
「ええ、そうよ。ラディッシュ、有希ちゃんと知り合いだったの?」
「ああ、以前優作君が捜査に協力してくれてな」
……何か優月から殺気が漂ってきてるのは気のせいか?
「お、おい優月」
「うん?」
「ラディッシュ警部と知り合いなのか?」
「…知り合いも何も、パートナーよ!」
「…へ?」
《警部!ちょっと…》
《ん?何だ?》
パートナー?
優月のやつ何言ってんだ?
「有希子、君の言ってた通りだよ…」
「え?」
「1ヶ月前にわざわざあんな席のチケットを買った、怪しい人物がいたそうだ。マフラーと帽子で男か女か、わからなかったようだがな…」
ふん、なるほどな。
印象に残すってワケね。
「ねぇ新一、どうして『あんな席』なの?あそこ、高くていい席じゃないの?」
「ああ、あ」
「あのテラス席は角度がついて観づらい安い席なのよ」
「え…」
「そんな席を指定して、顔を隠して買えば印象に残りやすい。……でしょ?新ちゃん!」
「あ、ああ…」
こ、こいつ、俺の言おうとした事そのまんま言いやがった!
……エスパーか?
それより、死体に残った痕跡が気になるな。
首元に火傷のような跡に右手についた血…。
しかも、掌の血が掠れてる…。
血がついた後、何に触った?
服には跡がついてねーし、吊られてる状態なら何も触れない。
だあーーっ!わっかんねぇ!
「はぁ…。優作がいないとなると、誰が謎を解明すればいいのかしら…」
「HAHAHA!優作君がいなくても、謎を解明出来る人間がそこにいるじゃないか!」
「え?」
「我が国を代表する名探偵、花宮優月がね!」
「「「ええぇ〜っ!!?」」」
ど、ど、ど、どーゆー事だ!?
マジかよ!?
まさかあの優月が、めめめ、名探偵!?
「もう何よ、3人共煩いなぁ…」
「ちょ、優月!!」
「ひゃっ!な、何…?」
「オメー探偵やってんのか!!?」
「…え?そ、そうよ?」
「何で言わねぇんだよ!」
「…あれ?言ってなかったっけ?」
「今警部から聞いたんだよ!!」
言ってなかったっけ?じゃねーよこのバカ!!
「優月は、アメリカでは名前を知らない者はいない位、名探偵なんだよ!」
「ラディッシュ!大袈裟に言わないでよ!」
「いやいや大袈裟じゃないさ。現に君の右に出る者はいないじゃないか!」
ま、まさか俺が憧れてる探偵にコイツがなりやがったとは…!!
しかも迷じゃなくて名だと!?
先越されちまったじゃねーか!
「す、すごいじゃないの優月ちゃん!」
「え?」
「新ちゃんも探偵目指してるし、将来は夫婦で探偵なんて素敵…!」
「ふ、夫婦!?」
「お、おい母さん!!」
「あらだって貴方達、婚や」
「だーーーっ!!」
母さんお願いだからやめてくれっ!!
蘭も隣でニヤニヤしてんじゃねーよ!!
「ラディッシュ」
「ん?」
「舞台裏行くわよ」
「あ、ああ…」
お、おい!
何で置いてくんだよっ!
「ええっ!?あの4人の女優達の中に犯人がいる!?」
「ええ。確実にね」
優月は俺が言いたかった事を全て蘭と母さん、警部に説明した。
「…新ちゃんも解ってたでしょ?」
「ああ、まぁな…」
そりゃあ昔はボケてるとこなんか沢山あったけど、今は立派な探偵やってんだな…。
何か、すげーなコイツ…。
「ラディッシュ」
「ん?何だい?優月」
「1人でやりたいの」
「…ああ、解った。よろしく頼む」
「ごめんなさいね…」
ん?
何であんなに急いでんだ?
「警部」
「何だ新一?」
「優月のヤツ、何で1人で何処か行ったんだ?」
「ああ、彼女は1人で黙々と推理したい性格なんだよ。だから毎回現場では好きなようにさせてるんだが今回は…」
「今回は?」
「あ、いや…優月は君達と行動を共にしたくないようでね…。推理に邪魔が入ると狂暴になるから気を付けた方がいいぞ」
「まぁ!仕事熱心なお嫁さんもいいじゃない!ね?新ちゃん!」
「嫁じゃねーよ!」
まぁでも、優月の気持ち、理解できなくもねーな。
俺もどっちかっつーとそうだし。
とりあえず俺も楽屋覗いてみるか。
ぞろぞろとみんなで楽屋に行くと、ドアの所で盗み聞きしてる優月が目に入った。
俺達が近づくと警部を物凄い目つきで睨んでたのは恐らく、何で連れてきたんだって意味を込めてたんだと思う。
…推理の時は真剣勝負なんだよな。
俺もそうさ。
《ねぇ…今の話、本当?リラ》
《ええ。私とヒースは愛し合っていたわ!もう5年になるかしら…》
《じゃあ、あなたは私と彼が付き合ってるのを知ってて…》
《落ち着いてよ2人とも!こんな日にそんな話する事ないでしょ?》
《あら、一番動揺してるのはあなたなんじゃない?自分の彼に恋人が2人もいたんだもの…》
…そうか!!
わかったぞ犯人が!!
そして犯人を追い詰める証拠も…!
あとはトリックだけだな…。
舞台に戻るか…ってあれ?
優月は?
あ、そうか!
アイツ解ったんだな!
っし、俺も行くか!
「ねぇ新一…何か思い付かないの?」
「…蘭は母さん達と一緒にいてくれ」
「え??」
「…優月の所に行ってくる。アイツ、犯人が解ったんだよ」
「わぁ!すごい!さすが私の優月!」
「オメーんじゃねーよ!!」
「…女の私に妬かないでくれる?」
「るせー!!」
お、いたいた!
「優月?」
「わっ!…し、新ちゃん…」
優月の隣に行くと、鉄の蓋をずらしていた。
……羽、円形の溝…?
ま、まさか……。
血!?
フン、なるほどな。
犯人は奈落を使ったってわけか…。
「優月。オメー全部解ったんだろ?」
「ええ、もちろん。…よかったら一緒にどう?」
「え?」
「哀れな女神を曝しに…」
「…ああ!」
「ふふっ。さすが新ちゃん!ラディッシュの所に行こう」
やっぱり優月は昔と比べて見た目は変わった。
でも俺の気持ちは昔のまま…いや、それ以上になった。
心が綺麗なところや、繋ぐ手の温もり、可憐な笑顔は今も昔も同じ。
オメー、十分魅力的になったな…。
これだけ待ったんだ、もうそろそろオメーを俺の物にしてもいいか…?
もう気持ちが抑えきれねーよ…。