俺は今、眠らない街、ビッグ・アップル、ゴッサムなどと呼ばれている都市、NYにあるブルックリン橋を渡っている。
隣にはついさっき修理から受け取ったばかりの車、ジャガーを陽気に運転してる母さんが。
後ろには幼なじみの蘭がのんきに爆睡してやがる。
…あ、やっと起きたか。
「ちょっと、あれって…」
「Statue of Liberty。日本でいう自由の女神だ。まぁニューヨーカーはミス・リバティーって呼んでるみてーだけどな…」
「どーして起こしてくれなかったのよ!?この橋からのマンハッタンの夜景、すごーく楽しみにしてたのに!もう大分過ぎちゃったじゃない!」
んなの知るかよ!
オレが気ぃ利かせて寝かせてやってたってーのに!
何なんだよこいつ!
「オメーが飛行機の中でちゃんと寝ねーからだろ!」
「あんな事件があった後に寝られるわけないでしょ?真相を見抜いて、満足して爆睡してた探偵さんと違ってね!」
「いやいや満足はしてないさ…。推論と分析の学問の最高の域に達するには、一生を費やしても十分とはいえないのだよワトソン君…」
「はぁ?訳わかんない事言ってんじゃないわよこの推理オタク!」
……こいつにホームズの名言がどんだけすげーか分かるわけねーか。
「ったく、大体母さんも悪いんだぞ?NYに来るのは明日の予定だったのに、LAの家に着くなりまた飛行機なんかに乗せるから…」
「仕方ないでしょ?無理だと思ってたミュージカルのチケットが急に取れたんだから」
「ミュージカル?」
「ほら、あれよ…」
「…ああ、今こっちで流行ってる金の林檎ね」
「そ!ブロードウェイのファントム劇場夜8時!」
あー、かったりぃ。
ミュージカルなんてオレは興味ねぇっつーの。
「それにNYといえば…」
「あ?んだよ?」
「あの優月ちゃんと会えるかもしれないじゃない?」
「なっ…!」
そ、そりゃあ確かにちょっとは思ったけどよ!
NYっつっても広いし!
第一まだ此処に住んでるなんてわかんねーし!?
「あれぇ〜?新一、顔赤いよ〜?もしかして優月に会えたらいいなって思ってたんでしょ〜?」
「ち、ちげーよ!」
「…その顔は図星ね?」
「だぁーっ!うるせーな!」
くそっ!
優月と離れて8年経った今でも母さんと蘭は俺をからかって遊んできやがる!
「ねえ、さっきからパトカー多くない?」
「え?…ああ、きっと例の通り魔を追ってんだよ」
「と、通り魔…?」
「若い女ばかりを狙う殺人鬼らしいぜ?日系の男って話だけど…」
優月は大丈夫、だよな…?
いやでもアイツ、かなりボーッとしてる性格だし…
「大丈夫よ!その男が出没するのは、深夜0時を過ぎてから!それまでにホテルに入ってれば出会う事はないから。まだ6時前だし…」
「…7時前だろ?サマータイムになってんだから」
「え?あー!サマータイム忘れてた!」
母さん、海外経験豊富なクセに何で忘れんだよ…
「でもなに焦ってんだ?この橋からブロードウェイまで車で40分!まだ余裕だろ?」
「チケットを取ってくれた人と待ち合わせしてるのよ!開演1時間前に来れば、楽屋を覗かせてくれるって…」
「んじゃ諦めるんだな!母さんが趣味で買ったこの英国のお嬢様じゃとても間に合わねーよ」
「……新一、シートベルト」
「へ?」
「蘭ちゃんは奥歯噛み締めて何かに掴まってて!」
げっ…!
ま、まさか!?
「ジャガー社が命運を懸けて造ったこのEタイプ…なめないでくれる!?」
ちょ、何つー運転してんだよ!
またぶっ壊れんだろ!?
「だ、大丈夫かよ?この車、先月修理に出してついさっき受け取ったばかりじゃねーか!」
「ええ、こっちのメカニックに診てもらったら蘇ったわ…。276馬力の心臓もルマンで優勝した足まわりもね!!」
「「わっ!」」
これだから母さんの運転する車に乗るのは嫌なんだよ!!
「いい加減にしろよ!パトカーうろついてんだぞ!?」
「平気よ!反対車線だったから、この優美なボディーに彼らが見とれてる内に視界から消えてるわ…」
おいおい、どっから湧いてくるんだ?
そのふざけた自信は…。
「それより新ちゃんと蘭ちゃんで例のヤツやってくれない?」
「え?」
「この先ちょっと厳しいの…。ね?お願い!」
「…ったく、」
仕方ねーなぁ。
「ってワケだ!蘭、ちょっとこっちに来い」
「え?何?」
「大丈夫、怖いのは最初だけだから」
「え?え?」
ごめんな優月!
これは浮気じゃねーから!
不可抗力だ不可抗力!
「な!?」
「っと…」
「ちょ、ちょっと新一!?」
「誤解すんなよ!これは不可抗力だっ!」
「あ…」
蘭を支えながらルーフに手をかけ、2人分の体重を片方にかけた。
…あーあ。
どうせなら優月とやりたかったぜ、これ…。
「な?大した事なかっただろ?」
「どこがよ!!」
「まぁ、そう怒んなって!」
「ふんっ!どうせ新一の事だから、『ああ、どうせなら蘭が優月だったら良かったのにー!』とか思ってたんでしょうよ!このスケベ推理オタク!」
「なっ!なん…」
思いっきり当たってやがる!
「あら、その顔は図星ね?…さっきの仕返しよ!」
「お、俺はスケベじゃねーし図星じゃねーよっ!」
あーもう!
それもこれも全部母さんのせいだからなっ!!