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Zauber Karte

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蒼い月


「……嘘」
「バーロォ、こんな真面目な話してる時に嘘なんかつくかよ」
「で、でも…でもそんなっ、」


新一が、狼狽える私の腕を引っ張り、強く抱きしめた。


「もちろん…ただついて来て欲しいだなんて、そんな都合のいい事思ってねぇよ」
「え…?」
「父さんの古い友人にイギリスの音楽学校で理事長をやってる人がいてさ、その人がオメーに是非入学してもらいたい、って言ってんだ」


そう言って新一は、さっき私の部屋から持ってきた例の茶色い封筒を私に差し出した。
イギリスの…学校…?


「こっちから誘った手前もあるし…学費なんかは全て父さんが持つって言ってるよ。どうだ?悪い話じゃねぇだろ?」


中に入ってる書類を取り出すと、学校のパンフレットと英文で埋め尽くされてる入学案内用紙が入っていた。
…ここの学校の噂、聞いたことある。
数々の有名なプロの演奏者を輩出してて、世界的にも有名な学校だ…。


「……で、でも!」
「ん?」
「わ、私は趣味で弾いてるんだよ!?別にプロになりたいとかそんなつもりでやってたわけじゃ」
「入ってみて無理だと思ったら、そん時は辞めればいい」
「え…」
「そこんとこはオメーに任せるし、入学するのもしねぇのも、最終的にはオメーが決めろ」
「……」
「でも、これだけは聞いて欲しい」


そう言って、新一は真面目な顔で私の顔を両手で包み込んだ。


「オメーにはぜってー後悔なんかさせねぇ。寧ろ俺についてきて良かったって思わせてやる」


新、一…。


「だから、俺についてきてくれないか?」


…ああ、夢みたい。


「俺と一緒に行こう。イギリスに」


でも、夢じゃない。
頬に触れている手から、新一の体温を感じるから。
未来の事なんて誰にも分からない。
もしかしたら、新一について行った事を後悔してしまうかもしれない。
でも、新一のせいでそう思えるのなら…それはそれで、本望かもって思うのかもしれない。
…だけど、だけどだけど!!


「何よ、それ…」
「…え?」
「何なのよ!!新一さっきから勝手な事ばっかり言ってるじゃん!!1人で勝手に決めないでよ!!」
「わ、悪ぃ…」
「この1週間、私ずっとずっと悩んでたんだよ!?どうやって新一の背中押してあげればいいかって…。ほんとは行って欲しくないって気持ち隠して、さっき頑張って伝えて…。なのに何で!?どうしてそんな大事な事勝手に決めるの!?」
「んな事言ったって…」
「私この前怒ったばっかじゃん!勝手に考えまとめないでって!1人で色々、決めないで、って…。なのに、何でよ…。私、バカみたいじゃん…」
「…だから、悪かったよ」


涙でぐしゃぐしゃになってる顔で怒ってるはずなのに、心の中は嬉しさでいっぱいだった。
もちろん新一に対して怒りを感じてはいるけど、私の事もちゃんと考えてくれてた。
その事実が本当に嬉しい。


「何よ!人の気も知らないでしれっと謝っちゃって!何でもかんでも私が許すと思ってるわけ!?」
「…いや?俺はオメーに許してもらおうなんて思っちゃいねぇよ」
「じゃあ何?俺に黙ってついて来いとでも言いたいわけ?」
「正解」


…何、ニヤニヤしてんのよ。
バッカみたい。


「新一のそういうとこ、1番嫌い」
「…言ってくれんじゃねぇか」
「ほんと嫌い。大っ嫌いよ」
「…優月」
「やだ、あっち行って」
「断るって言ったら?」
「それでも嫌。私に触らないでよ…。私、怒ってるんだから…」
「無理。今すっげー抱きしめてぇ気分だから」


言いながら、私の身体を優しく抱きしめる新一。
…悔しい。


「…絶対、イギリスになんか行かないんだから」
「…どうしてもか?」
「うん」
「俺が土下座して頼んでも?」
「…絶対行かない」
「…だったら仕方ねぇな」
「…え?」
「オメーを麻酔銃で眠らせて連れて行く」
「…そんな事してごらんよ。新一の事、本気で嫌いになってやるんだから」
「そいつは上等じゃねーか、なれるもんならなってみろよ」
「…バカ。そんな事無理に決まってるじゃん」
「知ってる。だから言った」


私を包み込む新一の腕。
その体全部が、私にとっては苦しくなるほど愛しい。


「…いいの?」
「ん?」
「ほんとについてって…」
「…だからさぁ、さっきから頼んでんだろ?オメーについてきて欲しいって。何聞いてたんだよ?」
「…でも私、我が儘だよ?」
「それ今更言う事か?」
「…今よりもっと我が儘になって、新一を困らせちゃうかもしれないよ?」
「はっ、上等じゃねぇか。逆に見てみたいもんだな、今以上に我が儘になったオメーってのも…」


…なによ、強がっちゃって。


「…もしかしたら、あっちでもっとキレイな人に巡り逢える可能性だってあるんだよ?私がいたら、邪魔になるよ?」
「…あー、それもそうだな」
「えっ、ちょっと何それ」
「でもやっぱオメーがいい」
「…え?」
「今後、俺の目の前に才色兼備っつー言葉がピッタリと当てはまる女が現れるって分かってても、俺はさっきからみょうちくりんな事ばっか聞いてくる花宮優月って女を選ぶ自信しかねーな」


余裕のある言い方に少し胸がくすぐったい。


「…そんな言葉でコロッといっちゃう様な安っぽい女じゃないよ、私」
「それもそうだな。じゃあとりあえず半信半疑のまま俺についてくればいーじゃねぇか。それで済む話だろ?」
「…絶対ついていかない。私は日本で待ってる」
「…いい加減本心言えって」
「やだ、悔しいから絶対言わない」
「…じゃあ無理矢理言わせてやる」


新一の、少し冷たくなった右手が私の服の中に入ってきた。


「ちょっと新一!ここ外!」
「オメーがさっさと本心曝け出せば止めてやるよ」
「わ、分かったから!ちゃんと言うから!」


何この脅し…。
ホントについてって大丈夫かな…。


「で?本心は?」
「…まぁ、別についてってあげてもいい」
「…おい」
「うん?」
「調子に乗んなよ」


ちょっとふざけただけなのに、何でそんなに睨むのさ…!


「…新一と一緒に、イギリスに行きたいです」
「んで?俺にどうして欲しいんだよ?ハッキリ言ってくれねぇと困るんだけど」
「…わ、私も一緒に連れてって下さいませんか?どうかよろしくお願いします」
「…あ、」
「へっ?」
「俺の耳さ、なーんかおかしくなったかもしれねぇ」
「…はい?」
「オメーの言葉があべこべに聞こえるんだよなー…」
「…」


何がきっかけかは知らないけど、新一のドSスイッチがONになった事は確かで…。


「じ、じゃあそろそろ帰りましょうか新一さん?このままだと月光の下で夜を明かす事になってしまうので、」
「いいんじゃねぇの?」
「…はい?」
「ここ、誰も来ねぇし」
「…いや、そうとは限らな」
「万が一誰か来たって俺すぐに気配わかるし」
「や、やだぁ新一ったらー!この満月のせいでオオカミになっちゃったのかなぁー?」
「フッ、月には不思議な力があるっていうし?そうなっても不思議じゃねぇかもな…」


ああ、昔流行った曲の通りだ。
男はみんなオオカミだから気をつけなきゃダメだって、あのキレイなお姉さん言ってたなぁ。
年頃になったら慎めって。
でも…


「私は遠慮しときます。屋外非対応なん、で…」
「じゃあ俺が改造してやるよ。屋外対応型にな」


それって付き合って1年以上経った私達にも当てはまるものとは思ってもみなかったよ!!
ああ、神様。
どうか私にこの人のドSスイッチの場所を教えて下さい。
そんな私の切実な願いを、星が叶えてくれるはずも無く、背中にベンチの冷たさが徐々に暖かくなるのを感じながら、沢山の流れ星を見送った。


bkm?

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