「何なんだ僕は…。一体何の為に顔まで変えて…何だったんだよ…!」
「……」
あまりにも悲しく、居た堪れない終わり方で今回の事件は終止符を打った。
今回の事件は、誠人さんが真実を聞く順番が違っていたら起こらなかったかもしれない。
そんな悲しい悲劇に誠人さん自身も耐えられるはずもなく、膝から泣き崩れていた。
その姿を見て、何とも言えない想いが膨らんでいく。
中身は違えど、外見は新一そのもの。
新一はこんな風に子供みたいに泣くような人じゃないけど、でも…。
この先何かあったとして、私が原因で新一がこんな顔をする事があるとしたら、私はどう感じるんだろう…?
きっと、自責の念に駆られて自分自身を一生許す事なんか出来ないかもしれない。
…絶対、新一にこんな悲しい顔はさせない。
ううん、させたくないし、させちゃいけない。
改めてそう思いながら、村長さんの家をあとにした。
「へぇー、あの誠人っちゅう奴が死羅神様やったんか?」
「ああ、彼は2代目だけどな」
「えっ、2代目ってどういう事?」
「初代は彼の父さんだよ。森で迷って命を落とした自分の娘の二の舞を村の子供達に踏ませない様に、森に小屋を建てて死羅神様として住み着き、怖がらせて森に入らない様にしてたって言ってたぜ?3年前に体を壊して亡くなるまでな」
「そう、だったんだ…」
誠人さんのお父さんは、行方不明になったわけじゃなかったんだ…。
「その証拠にほら、あの小屋のそばに墓があったろ?あれが彼の父親の墓だよ」
「えっ…お墓なんてあったっけ?」
「は?オメー見てねぇの?」
「う、うん…」
「工藤くん工藤くん」
「あん?」
「優月ちゃんな、今回工藤くんの事で頭いっぱいやったから全っ然推理出来へんくて大変やったんやって!」
「ちょっ、和葉ちゃん!」
「ええやん!だってホンマの事やろ?」
「そ、それは、そう、だけど…」
新一には知られたくなかった。
だって余計な感情に振り回されて、推理が出来なくなっちゃう自分なんて…恥ずかしくて…。
「…悪かったな。余計な心配かけちまって」
新一が私の頭をポンポンと撫でながら呟く。
その手つきが懐かしくて、優しくて、胸がぎゅっと苦しくなった。
「……ん」
また離れていってしまう。
この手も、指も、青く澄んだ優しい瞳も…。
こんなに好きなのに、大好きなのに、いつまでも傍にいて欲しいのに…。
涙が出そうになるのを頑張って堪えるので精一杯で、きちんとした返事をする事が出来なかった。
口を開けば、新一に対してまたあのワガママを言ってしまいそうになる。
私から離れないで。
1人に、しないで。
そんな、新一を困らせる様な事は言いたくない。
…今だけ。
10秒でいい。
ううん…5秒でいいから、夢の中の私になりたい。
一言だけ、「私の事は気にしなくていいから、イギリスで頑張ってきて」って…。
そう、言えたらいいのに…。
どうして言えないんだろう…。
「けどお前、やけに詳しいな…」
「1年前にここへ来た時に、事件とは別の騒ぎがあったんですよ。河内さんの娘さんが、森に入ったまま帰って来なくなったってね…」
「えっ、そうだったの…?」
「ああ。俺も捜しに行こうと思った矢先に、娘さんが自分で森から出て来たんだ。森の中で死羅神様に見つかって追っかけられて、怖くて怖くて逃げ回ってたらいつの間にか出てたってな!こりゃあ殺人事件の前にこの謎を解かねばと森に入り、死羅神様を見つけて後を追い、あの小屋を突き止め、死羅神様の姿の誠人さんに出会ったってわけさ」
そっか…。
だから新一はあの小屋の存在を知ってて、この衣装を借りたんだ…。
…やっぱりすごいな、新一は。
さすが平成のホームズって呼ばれてるだけあって、聡明に物事を先に読んで行動出来るんだもん。
…やっぱり、私のワガママで引き留めちゃダメだ。
「誠人さん…どうするんだろう…」
「え?」
「だって…復讐をするために整形したんでしょう?このままの顔で、この先どうやって生きていくのかなって思って…」
「ああ、その件は母さんに頼んで腕のいい美容整形クリニックを紹介してやるつもりだよ」
「えっ…本当?」
「ああ。今回の事件は俺が周りのケアを怠ったのも原因の1つだからな…。だからオメーは何も心配するな」
「…うん」
新一はちゃんと、誠人さんの事考えてあげてたんだ…。
しっかり、先を読んで…。
何故だか分からないけど、隣にいる新一が、遠くに行ってしまう様な錯覚を覚えた。
何だろう、この気持ち…。
急に新一が、私の知ってる新一じゃなくなってしまった様な…。
「おい、大丈夫か!?」
小五郎ちゃんの声で隣を見ると、新一が胸を押さえて苦しんでいた。
えっ、もう24時間経っちゃったの!?
「あーせやせや!事件の話もっと詳しゅー聞かせてくれっちゅうて、工藤と一緒に刑事さんに呼ばれてたんやった!せやからお前らは車で先に」
「平次なに言うてんねん!こんな具合悪そうなんに、事件の話なんか出来るわけないやろ!?…ほら触ってみぃ!すごい熱やで工藤くん!」
ええっと、ええっと…!
「あ、ああそうだ!きっと風邪だよ風邪!新一、湖に落ちたからきっと風邪がぶり返したんだよ!ね?平次くん?」
「え?…あ、ああ!そうやそうや!」
「はぁ?なに言うてんのん!湖に落ちたんは誠さんの方やで?」
「えっ!?あ…」
そ、そうだった…!
「つーか早くしねぇと、苦しみ方が尋常じゃねーぞ!?」
ああーどうしよう…!!
このままじゃここで小さくなっちゃうよ…!
「あっ!そ、そうだ思い出した!そういえば新一、最近お腹の調子が良ろしくないって言ってたよねぇ平次くん!?」
「へ!?あ、ああ!そ、そうやったなぁ〜!ほんなら俺と優月で工藤連れて旅館の便所に行って来るよって!和葉は俺のバッグ持ってきてくれや!」
「何でバッグ持って行かなアカンのん?」
「き、着替えよ着替え!新一すっごい汗かいてるし、それに死羅神様のコスプレのままじゃ東京に帰れないでしょ?」
「あー、それもそうやね…」
「じゃ、じゃあそーゆー事でよろしくね2人共!さぁ行こうか平次くん!」
「お、おう!」
早く、早く、早く。
焦る気持ちを落ち着かせながら、苦しむ新一を引き連れて旅館に戻った。
「優月は和葉達が入って来ぉへん様にここで見張っとけ!」
「う、うんわかった!」
…と、平次くんの迫力に押されて返事をしたものの、全く意味がなかった事になったのはその数分後で。
和葉ちゃんは持ち前の行動力で、どこからともなく今にも死にそうな風貌のおじいちゃん先生を引き連れながら、私の制止も構わずにグイグイと男子トイレに入って行った。
「ちょっと平次ぃ?何コソコソしてんのん?」
「入ってくんなドアホ!ここ男便所やぞ!?優月もしっかり見張っとけ言うたやろ!?」
「ご、ごめん…」
そんな事言ったって関西人には敵わないよ…!
「せやけど工藤くん心配やもん!近くのお医者さんに来てもろたから、いっぺん診察してもら」
「平気や平気!帰ってもらえ!」
「せやけど、」
「一応診てもらった方がいいんじゃねぇのか?」
「大丈夫やて!今、風邪薬飲ませたし!」
「それは、どんな薬ですか?」
「そ、そらまぁ、うちに伝わる秘伝の」
ひ、秘伝って…。
そんな事言ったら余計突っ込まれるじゃないの!!
平次くんが苦し紛れな嘘をペラペラ話してる最中、突然新一の叫び声が響いた。
「ちょっと今の何なん!?」
「し、新一なら大丈夫だよ!ちょっとだけお腹痛いだけだから!だからみんなは外に行っ」
「優月ちゃん、何そんな悠長にしてんねや!?自分の彼氏があんなに苦しんでんねんで!?普通ならお医者さんに見せるやろ!?」
「あ、えと…」
「せやから大丈夫や言うてるやろ!?」
「大丈夫なわけねーだろ!?あんなデケェ声出してよ!」
「平次そこどいてや!」
「一回診察を…」
「ア、アカン!アカンねん!」
「は、入って来ちゃダメだってばー!」
ごめん新一っ…!!
もうこれ以上引き留められない…!!
ギイッ
「あっ…!」
ダ、ダメだよ新一のバカ!
今出てきたら2人に正体がバレ……えっ。
「く、工藤!?」
「なっ…!」
ふぅ、とため息を吐きながらトイレから出てきた人物は、私と平次くんが予想してた人物とは丸っきり違っていた。
「あんだようっせーな。トイレぐらい静かにさせてくれっつーの…」
いや…え?
どういう事…?
静かも何も、何でコナンに戻ってないの!?
…も、もしかして!
「あんた偽物!?」
「…はぁ?」
うん…そんなはず無いか。
いや、でもどうして縮んでないの?
「く、工藤!一体どないなってん!?」
「訳は後でこっそりと…。行くぞ優月」
「あ、ちょっ…」
「後っておい!工藤!」
「あ…悪ぃ服部」
「へ?」
「オメー、おっちゃんと和葉連れて先に車に戻っててくれねぇか?ちょっとコイツに話があってさ」
「えっ…」
「話やとォ?そんなん車ん中ですればえ……」
「……」
「…ま、ええか!事件も無事解決したとこやし!ほなお2人さん、後はごゆっくりぃ〜!」
「えっ、ちょっと平次くん!?」
な、何なの!?
平次くんのあのニヤニヤ顔は!!
「し、新一…?」
「…ここじゃあちょっと言いにくいから移動するぞ」
「…うん。分かった」
新一がやけに真面目な顔で言ったせいで、何の話なのかピンときた。
ここじゃ言えない事…。
それは、つまり…。
不安の波が押し寄せる中、少し前を歩く新一の肩越しに見える廊下を黙って歩いた。