「大阪の高校生探偵、服部平次?」
相変わらずぐちゃぐちゃになったままの現場。
平次くんは、お巡りさんに警部さん達を呼ぶ様に頼むと、小五郎ちゃんの車のトランクの中に隠れていた新一を連れ出した。
あんな狭い場所で健気に待っていた新一を見ても、何とも思わないのは、やっぱりもう好きじゃなくなってきたのかな…。
「く、工藤くんじゃないか!どうしたんだ?その服の血…」
この警部さん、どうやら前回新一がお世話になったみたいで、血まみれになってる新一を見てすごく驚いた顔をした。
「おいおい、まさか工藤くんが犯人だなんて言うんじゃ」
「旅館におってアリバイのある俺らと刺された河内さん以外の足跡はコイツだけで、服には返り血、凶器には指紋。どっからどう見てもコイツが犯人やけど…」
新一は人を傷つける様な腐った人間じゃない。
それは私が一番よく分かって
「そらそうや、コイツが犯人なんやから!」
……えっ?
「つまりやな、この犯行にトリックなんかあらへんかったっちゅうこっちゃ!」
平次くんの、あまりにも予想外な言葉に、何も言葉が出て来ない。
…嘘。
そんなの嘘だよ!
新一が人なんか刺すわけ無いもん!
「へ、平次何やのんコレ?何かの作戦か?」
「作戦ちゃうわ!コイツが河内さんを電話でここに呼び出して、コイツが刺したっちゅうてんねん!」
「ちょ、ちょっと待ってよ平次くん!」
「あん?」
「さっき私に言ったのは気休めだったの!?新一は犯人なんかじゃ無いから安心しろって、平次くん言ったじゃない!」
「こ、怖かったんだ…」
「…えっ?」
「あの新聞記者…。僕が1年前に犯した過ちを暴露するなんて言うから…」
…新、一?
「僕が今まで築き上げた、名誉や誇りを、ズタズタにするなんて脅すから…」
…違う。
「それが何だかよく分からなかったけど…。怖くて、怖くて…思わず…」
こんなの、新一じゃない…。
私の知ってる新一は、こんな幼稚な考え方をする人じゃないよ…。
記憶喪失になると、その人の根本的なところまでも変わってしまうの…?
「あのー、鑑定結果が出ましたので一応報告に…」
「鑑定?そんな指示、出した覚えは無いが…」
「いえ、警部ではなくその大阪の少年に頼まれたんです。凶器の包丁と、あそこにいる彼女のネックレスが一致するかどうか…」
「ほんで?どないやった?」
「キミの言う通り、一致しなかったよ…」
「おっしゃー!」と喜ぶ平次くん。
新一が親友である平次くんに犯人扱いされている。
そんな中で、凶器の指紋がどうのなんて。
そんな話をされても、何がどうなってるのか理解出来るわけないよ…。
「それは…」
「…え?」
「人間が生まれながらにして天より授かった、終生不変のエンブレム…」
後ろから聞きなれた声がして振り向くと、ドアを開けて入ってくる白髪の人物。
それは紛れもなく、森で出逢った、あの死羅神様で…。
って、し、死羅神様!?
「万人不同である為、犯罪捜査において最も確度の高い証拠になりうる痕跡…。指紋、なんだろ?」
「ああ!」
でも、このキザな言い回しや口調…。
それに、平次くんのあの表情…!
「優月、下がってろよ…」
「あ…」
やっぱりそうだ…!
私を助けてくれたのは、小屋に住んでる人なんかじゃない、死羅神様に化けた新一だったんだ!!
「拳銃!?」
その声でハッとする。
偽物の新一は、どこからともなく隠し持っていた拳銃を取り出していた。
「無駄だ…」
どこから手に入れたのか、新一は銃の弾丸を床に落とし、その落ちていく弾丸を見て偽物の新一がリボルバーを確認した。
その一瞬の隙をついて拳銃を奪い取った新一と平次くん。
その見事な連携プレイに思わず目を奪われてしまった。
「止めとき!仮装大会はこの辺で幕にしとこうや…」
平次くんの言葉で、何でこの人が新一の顔をしてるのかが分かった。
と同時に、あの小屋で見た夢は、夢なんかじゃなかったんだ、って確信した。
「今回の事件にトリックがあったとしたら、コイツのこの顔や!まさかあの、高校生探偵・工藤新一が人刺すなんて思わへんからなぁ…」
新一が人を刺すわけが無い。
その既成概念がそもそも間違いだったんだ。
「まず引っ掛かったんは優月の態度や。自分の男が記憶喪失で現れたっちゅうのに、全く近づこうとせんかった。普通やったらそばにくっついて離れへんやろ?最初はショックのあまりやろと思たんやけど、森に建っとった犯人の小屋ん中調べたら、その理由が分かったわ!」
私は外に出てしまっていたから気づかなかったけど、平次くんの話によるとあの小屋の壁には、新一の写真が沢山貼ってあってそれがズタズタにされていたらしい。
そして鏡が何枚も割られていて床に散らばっていた…。
その事から平次くんは、新一に対して嫌悪感を抱く者の仕業。
つまり、鏡に映った自分の顔が嫌で嫌で仕方が無かった、この偽物の新一が犯人だと推理した。
「って、ま、まさか…」
「そう。彼は整形したんですよ…。この名探偵気取りの、バカな高校生の顔にね…」
みんなが驚きの声を上げる中、私だけみんなとは違う事を思っていた。
どんなに外見をそっくりにしても、中身までは変える事なんて出来ない。
だから私は新一に近づく事が出来なかった。
でも、最初に感じた違和感の正体は分からないままで。
だけど、今はそんな事よりも偽物の新一に近づかなくて良かった、って、ホッとする気持ちの方が大きかった。
…手は一瞬だけ握っちゃったけど。
「し、しかし何で工藤くんの顔を!?」
「僕をあの小屋に呼び出して閉じ込め、すり替わって何らかの罪を犯そうと思ったんでしょう。恐らく、この工藤新一を…人間的にも社会的にも抹殺する為に…」
私の新一に何て事!って掴みかかりたい衝動を必死に堪え、新一の話す内容に黙って耳を傾けた。
パトカーと救急車を呼んだのも、お巡りさんから弾丸を奪ったのも、全て新一自身がやった事。
そして今までどうして出て来なかったのかを話してくれた。
まさか、偽物の新一が銃を隠し持ってたなんて…。
全然分からなかった…。
「ですよね?屋田…いや、日原誠人さん?」
えっ、誠人って…。
「ま、誠人くん?お前、誠人くんなのか?」
新一に手紙を送ったっていう、あの誠人さん?
「そうや。こんだけ整形するには時間も金もかかる。遺産で大金もろて、半年も姿をくらましてる誠人さんなら出来るっちゅうわけや!」
ああ、そうだったんだ…。
どうして見抜けなかったんだろう、私…。
私がしっかりしてたら、河内さん刺されなくて済んだかもしれないのに…。
自分以外のみんなが話を進めていく中、私は自分だけ置いていかれた様な感覚に陥っていた。