「優月」
ゆっくり目を開けると、心配そうに私を見つめる新一の顔がボンヤリと見えた。
…ああ、何だ、夢か。
新一が私の名前を呼ぶはずが無い。
だって新一には、記憶が無いんだから。
「ごめんな…優月」
何で新一が謝るの?
私の方こそ、謝らなきゃいけないんだよ。
「心配かけちまって…ごめん」
左の頬が、温かくて安らぐ感触に包み込まれる。
それと同時に、自分の心臓が鼓動を速め出したのを感じた。
ああ、どうやら夢の中の私は、まだ新一に恋してるみたいだ。
でも、夢と現実は違う。
どんなに夢の中でときめいたって、現実でときめかなきゃ意味なんか無い。
「行か、ないで…」
「…え?」
「もう、離れたくない…」
「…」
「1人にしないで…」
私を置いてイギリスになんか行かないで。
ただその思いで、離れようとする新一の手を力いっぱい握った。
「…ごめんな」
…そっか。
そうだよね。
新一はホームズになりたいんだもんね。
その夢を叶える為に、イギリスに行く決意をしたんだもんね…。
ごめんね、夢の中でまでワガママ言って…。
温もりの消えた頬を、冷たい風が撫でるのを感じながら、私の意識は遠退いていった。
「優月ちゃんおったよー!」
声のした方に顔を向けると、和葉ちゃんがとびっきりの笑顔で駆け寄ってくるのが見えた。
「おお、優月!無事だったか!」
「小五郎ちゃん…」
「あれ?優月ちゃん怪我したん?」
「え?」
和葉ちゃんが言ってくれるまで気がつかなかったけど、私の足や腕には包帯がグルグルと巻かれていた。
…えっ、太ももの方まで巻かれてる!
「誰が巻いてくれたん?この包帯…」
「わ、分かんない…。あ、でも死羅神様かも…」
「し、死羅神様!?」
「ホンマに!?」
「…多分」
「た、多分って…」
「私、足を踏み外して転んじゃって…。そしたら死羅神様が現れて、押さえつけられて…。でもそのあと気絶しちゃったから誰が助けてくれたのかハッキリとは…」
「んじゃきっと、優月をここに運んで手当てしてくれたのはこの小屋の家主だろーから、その恩人が帰って来たらお礼を言わなきゃな」
「う、ん…」
見ず知らずの人に下着を見られたかもとか、そんな事よりも、
「ごめん、ちょっと外に出てくるね」
さっきの夢が妙にリアルで、私を助けてくれたのは新一なんじゃないか、って。
そんなの有り得ないけど、そう思わずにはいられなかった。
だって、手が離れる寸前に頬に感じた、あのクチビルの感触。
あの優しいキスの仕方は、紛れもなく新一しか…。
「優月!!」
転びそうになりながらも、小屋から慌てて飛び出してきた平次くん。
ど、どうしたんだろ?
「お前、工藤の指紋がついてるモン持ってへんか!?」
「し、指紋?」
「ああ!何でもええんや!何か無いか!?」
そ、そんな事突然言われても…。
「…あっ、」
そうだ、このネックレス!
「これに工藤の指紋がついとるんか!?」
「うん!バッチリ!」
「よっしゃ!ちょっと借りるで!」
私から引ったくる様にネックレスを取った平次くんは、また転びそうになりながらも小屋に戻って行って、入れ違いにお巡りさんが出てきた。
…あ、お巡りさんも転びそうになった。
「これ位でいいか?」
「せやな。それなら遠くからでも煙見えるし、森ん中グルグル迷う事も無いやろ」
「…ねぇ、2人共」
「あん?」
「たき火なんて燃やして、キャンプファイヤーでもするの?」
「アホ!こんな時にキャンプファイヤーなんかするかボケェ!警察にあの小屋を教えるためや!」
さすが関西人。
ちゃんと突っ込んでくれて少し嬉しくなった。
「そういや、グルグルゆうたら何やったんやろ?日原村長がやってたスポーツ…」
「え?…ああ、そういえばそうだね。陸上のフィールド競技って事は分かるんだけど…」
「あん?」
「ほら、昨夜旅館の人に死羅神様の事聞いたって言うたやろ?そん時日原村長がやってた競技の事も聞いたら、名前は分からんけどグルグル回るヤツやって聞いたで?」
「陸上のフィールド競技でグルグル回るゆうたら、ハンマー投げか円盤投げやけど…」
「あ、そういえば輪投げも得意だって言うとったで?」
「えっ、そんな事言ってたっけ?」
「優月ちゃんは先に部屋に戻ってもうたから知らんで当たり前や!」
「ああ、そっか…」
「輪投げ?」
「日原村長の息子さんの大樹くんがみんなに自慢してたらしいねん。お父さんはすごく輪投げが上手で、いつも100点満点取ってるって」
「ひゃ、100点満点やとぉ!?」
「うわあぁぁああっ!!」
「え?」
この声は、お巡りさんの…!?
「痛っ!!」
「あっ、優月ちゃん走ったらアカン!ここはおじさんと平次に任せとき!」
「っ、うん…」
そのあと、「小屋は後回しや!村長の家で謎解きするでぇ!」って勝ち誇った様な顔で小五郎ちゃんと一緒に戻ってきた平次くん。
とうとう新一が逮捕される時が来たんだな、って思ったけど、平次くんがこっそり「大丈夫や。工藤は犯人なんかじゃあらへん」って言ってくれたお陰でホッ、とひと安心した。
ダメだなぁ、私…。
今回全然役に立ってないじゃん…。
「…会いたいな」
「え?何?何か言うた?」
「ううん、何でもない…」
また、会いたいな…。
夢の中の、新一に…。
そう願いながら、ゴロゴロと雷が轟く中、村長さんの家へと歩いた。