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Zauber Karte

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失ったトキメキ


「ちょー待て!おかしないか?何で1体だけ持ってったんや?2体揃うてた方が価値があるやろ!」


村長さんの部屋に残されていた1体の仁王像。
平次くんの言う通り、2体で1対の高価な金剛力士像を1体だけ残して逃走する強盗犯なんて、明らかにおかしすぎる。


「さぁ…。でも、その点は彼も引っかかっていた様ですよ。1年前にもこの現場にやって来た、工藤新一くんも…」
「え…」


新一も…?
じゃあ、これが無理心中って結論付ける決め手となったって事?
でもまぬけな犯人だったら置いて行っても不思議じゃないし…うーん…。


「優月ちゃん優月ちゃん!」
「あ…和葉ちゃん丁度良かった。ねぇこの像の」
「そんなもんええからちょっと来て!こっちの部屋!」
「え!?ちょっ…」


和葉ちゃんに引っ張られて連れて来られた部屋。
そこを覗いてまず目に飛び込んできたのは…。


「なっ、何?これ…」


壁一面にデカデカと新一の写真が貼られていた。


「あれ…?これって、新一が初めて雑誌の取材を受けた時の写真かも…」
「それを引き伸ばしたんやね!」


棚も見てみると新一が昔解いた事件のファイルが沢山並べられていた。
な、何この部屋…気持ち悪いんだけど…。


「ここ、誰の部屋やねん?」
「誠人の部屋よ…」
「えっ、誠人さんのですか?」
「ええ。誠人はこの高校生探偵、工藤新一を崇拝してたから…」


それにしてもこの部屋はちょっと…って思ったけど、村長さんを心から慕ってた誠人くんが、無理心中だと結論付けた新一に対して裏切られた感を抱いても不思議じゃない。
自分を本当の息子の様に接してくれた優しい村長さんが奥さんを殺すなんて、って…。
そんな推理をした新一に対して誠人さんが絶望的になったのも少しだけなら頷ける。
でも、だからと言って新一が推理ミスをしたなんて決めつけるのは早いっていうか…。


「1人に…」
「え?」
「少し…この部屋で1人にさせてくれませんか?何か、思い出せそうな感じがして…」
「あ…うん…」


新一はそう言って、誠人さんの部屋に籠ってしまった。
…やっぱり、何か変だ。
態度とか表情とかじゃなくて、さっきまで一緒にいた新一とどこかが違う。
だけど、それが一体何なのかが分からない…。


「あ、工藤くん出て来たわ!」


平次くんが何か思い出したかと尋ねても、新一は、ただただ、だんまりするばかり。
人って、記憶を失うとこんなにも雰囲気が変わってしまうものなの…?


「あはははは!どんな手を使ってくるかと思ったら、どうやらまだ何も思いついてなかったようね」
「えっ?」
「私には分かっているわよ工藤くん?あなたの魂胆は…」


河内さんの言ってる事がよくわからない。
魂胆?
新一は何かを企んでるって事…?


「あら何?その顔。まさか私にもバレてないと思ってたの?」


ずいっ、と新一の顔を覗き込んで勝ち誇った顔をする河内さん。
その瞬間、少しだけ新一の表情に変化が表れた気がした。


「まぁ観念して何もかも告白したくなったら、私の泊まっている湖東旅館へいらっしゃい。そうしたらあなたの事、好意的に記事にしてあげるから…。あなたが隠し通そうとしている、言ってはならない真実っていうのをね!」


言ってはならない真実…?


「ほな、俺らもそろそろ旅館に戻るか」


河内さんの言う、言ってはならない真実っていうのも気になるけど、でもそれより今は、事件の真相だ。
…何だったんだろう、さっき一瞬だけ見えた新一の焦った様な顔…。
釈然としない気持ちのまま、私達は日原村長の家をあとにした。


「しかし嫌なオバさんだったなぁ、あの新聞記者…」
「ああ。言うてる事がよーわからんかったわ…」
「…」


小五郎ちゃんの言う通り、確かにあの現場の惨状を見る限りだと、強盗殺人に思える。
でも村長さんの部屋にあった仁王像が1体だけ残されていた事と、メダルの紐が全て無くなっていた事が妙に不自然な気がしてならなかった。
それに、あの河内さんが最後に言い放った言葉も…。
一体何なの…?
新一が隠している真実って…。


「…なぁ優月ちゃん、どうかしたん?」
「え?何が?」
「工藤くんが記憶喪失になってもうたっちゅーのに、何か妙に落ち着いてへん?自分の大好きな人があんな風になってもうたら、泣き叫んだりして取り乱すのが普通やろ?せやのに優月ちゃん、さっきからずっと考え事してへん?」
「っ…」


和葉ちゃんの言う通りだ。
どうしちゃったんだろ、私…。
さっきから感じるこの違和感もそうだけど、何かが足りないんだ…。


「あ、そうや優月ちゃん!工藤くんと手ェ繋いでみぃ!」
「ええっ!?いい、今!?」
「手ェ握ったら何か思い出すかもしれへんで?」
「いや…それは無いと思」
「つべこべ言わんとほら!」
「わっ…!」


和葉ちゃんに無理矢理背中を押されたせいで、前を歩く新一の手を無意識に掴んでしまった。


「あっ…ご、ごめんっ!」
「…いえ」


新一は私の顔を見て少しだけ微笑むと、先に歩いて行ってしまった。
…何だろう。
今、私…。


「ちょっと優月ちゃん!せっかく握ったのに何ですぐ離してもうたん?」
「…違う」
「え?何が違うん?」
「……」


いつもは、新一に触れると無条件で鼓動が早くなるのに…。
何で?
今握っても全然ドキドキしなかった…。
私、ほんとにどうしちゃったの…?


「優月ちゃん…?」


ドキドキするどころか、寧ろさっき手を握った瞬間、『この人には触りたくない』って思ってしまった。
もしかして私、新一に対して気持ちが薄れてきた…?
でもどうして…っ、


−卒業したらロンドンに行く−


…まさか、新一のあの言葉がきっかけで?


「心配せんでも平気やって!」
「…え?」
「記憶が戻ったら何もかんも元通りになるわ!ほら、案ずるより産むが易しって言うやろ?」
「…うん。だと、いいけど…」


記憶が戻ったら、またドキドキするようになるのかな…。
新一の事を好きじゃなくなっちゃうなんて、そんなの嫌だよ…。


「うわっ!降ってきやがった!」
「ア、アカン!旅館まで走るで!」


急いで旅館へと戻る中、新一に対して愛情が無くなってしまった自分に対して許せない感情でいっぱいだった。
こんな事で愛が無くなっちゃうなんて、私ったら何て自分勝手なの…?


−村の人は噂してるわ。『やっぱり森に棲むアイツの仕業だったのか』って…−


でも、新一が記憶を戻してくれればきっとまた…。


「ねぇ、和葉ちゃん…」
「うん?」
「新一が記憶喪失になったのって、死羅神様に祟られたからだよね…?」
「…え?」
「だって、村の人達が噂してるみたいだし…」
「…」


新一を助けるには、どうしたらいいんだろう…。
今の私に出来る事って、何だろう…。


「なぁ、旅館の人に聞いてみいひん?」
「…え?」
「ここで働いとる従業員って、地元の人達やろ?せやったら、死羅神様の事何か知っとるかもしれへんやん!」
「…そっか。うん、そうだよね!」


和葉ちゃんが旅館の人に積極的に聞いてくれたお陰で、死羅神様の祟りを受けた時どうすればいいのかは聞けた。
だけど…。


−この土地にはこう伝わってるわ。陽のある内に森へ行け。死羅神様の姿を目にしたら、声を限りに呼び止めろ。曇りなき澄んだ心で祈り続ければ、その縛めは解かれん…ってね−


今の私の心でも、それは叶うのかな…。
考えれば考えるほど自信が無くなってしまう。
何かに縋りたい。
誰かに助けて欲しい。
朝起きたら、全てが夢であって欲しい。
そんな風に心のどこかで願いながら、夜は更けていった。


bkm?

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