smaragd | ナノ

Zauber Karte

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森に棲むモノ


「何ぃ?薬、間違うたやて?」


周りにバレない様にコソコソと電話をする平次くんの言葉を聞いて、ああ、やっぱり、ってため息が出た。


「ああ… 。何も覚えてへんみたいやけど、とりあえずアイツにしてみたら良かったかもしれんなぁ。元の体の方が、これから先アイツも色々やりやすいやろうし…」


それとなくチラッ、と平次くんの服に着替えた新一を見る。
…本当にあの人は、新一なんだろうか。
外見は確かに新一だけど、この妙な違和感のせいで、何だか…。


「おう、任しとき!」
「…哀ちゃん、何だって?」
「とりあえずまた小っさなる前に阿笠のジイさんとこに連れ戻せやと」
「…そっか」


この人は、本当に新一なのかな…。
確かに見た目は新一そのものだけど、さっき川原で感じた違和感が引っ掛かって、何となく近づけない。


「…アホ、そんな顔すんなや」
「…え?」
「今までぎょーさんピンチ乗り越えてきたアイツの事や、今に何もかも思い出すやろ」
「で、でも」
「万が一記憶が戻らんかったとしても、そんなモンまた2人でいくらでも創り出せばえぇんや。今まで以上の想い出をな…。せやから何も心配する事なんかあらへん」
「…うん、そうだね。ありがとう平次くん」


いつもはお節介で図々しい関西人だけど、やっぱり新一が慕うだけあって似てるとこは似てるんだね。


「ほんなら飯食って俺らもはよ寝ようや!明日、米花町に行かなアカンし!」
「え?2泊3日でのんびりするんとちゃうのん?」
「予定変更や!工藤をはよ、お医者さんに見せなアカンやろ?」


…まぁ、ある意味哀ちゃんも医者だよね。


「ったく。この探偵坊主が1年前に解いた事件の推理ミスを肴に、温泉つかって1杯やろうと思ってたのによ…」


新一は推理ミスなんかしないもん…!


「ほんなら、工藤くんをその事件現場に連れて行かへん?何か思い出すかもしれへんよ?」
「はぁ!?なにアホな事を言っ…」
「なぁ、優月ちゃんはどう思う?」
「えっ…わ、私?」
「うん!」
「えっと…じゃあ、一緒に連れて行こうかな…」
「ちっ、なーんで俺がこの探偵坊主の為にわざわざ…」
「あ…小五郎ちゃんごめんなさい。新一の事で迷惑かけて…」
「あぁー、いや。そ、そんなつもりで言ったんじゃねぇっつーか何つーか…。と、とにかくだ!さっさとその村長とやらの家に向かおうじゃないかナーッハハハハ!」
「「……(甘すぎるやろ…)」」


新一の記憶が戻って欲しい。
そんな期待とは裏腹に、もしずっと戻らなかったら、って相反する思いも入り交じる中、私達は事件現場である日原村長の自宅へと向かった。
外に出ると、辺りはいつの間にかもう真っ暗になっていて、天気が悪いせいで月の光もない。
そのせいで、森の中にポツンと佇む日原邸は、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。


「うわっ!こいつは酷ぇなぁ…」
「家ん中めちゃくちゃやないか…」


幸いにも事件現場は、さっき村役場で新一を嘘つきって呼んでた村長の息子である大樹くんの意向で事件当時のままだった。
警官の話を聞きながら、平次くん達と一緒に一通り現場を見て回ったけど、宝石類や骨董品が無くなっていた事や足跡が1つだけだった事から、多分新一は強盗殺人だと推理したんだと思う。


「ほんで?工藤は誰が犯人やって言うてたんや?」
「まさか無実の人を強盗殺人犯だと名指ししちまったとかじゃ…」
「い、いやそれが」
「心中よ!!」


えっ?


「この工藤新一は、この事件を日原村長が起こした無理心中だと推理したのよ!」
「えっ!?」
「む、無理心中やとぉ!?」


突然現れたこの女性は、誠人さんの元同級生らしく、新一に対して酷く恨んでる様だった。
…違う。
新一は推理ミスなんかしてない!
あの小五郎ちゃんでさえ、この現場を見ただけで強盗殺人だって言ったんだよ!?
だけど新一は、全く違う結論を出した。
それはきっと、この現場だけじゃなくて他に証拠を見つけたから。
だから新一は無理心中だ、って結論づけて…。


「ほんなら聞くけど、その誠人さん、今どこにおんねん?工藤の推理ミス見つけたから、工藤連れてここに来いっちゅう手紙寄越したクセに行方不明ちゅうんはどういうこっちゃ?」
「行方不明なんかじゃないわ…」
「えっ…?」
「多分、誠人は殺されているだろうから…」
「こ、殺されてる?」
「どういう事だ!?」
「村の人は、誠人が都心でアルバイトしてるとか言ってるけど…。彼、この家の養子にしてもらってたから遺産は、かなり…」


じゃあお金を横取りしようと、誰かが誠人さんを…?
でもそしたら、手紙を送りつけて来た人物って…。


「そ、それに殺したのはもしかしたら…森の…」


まただ…。
さっき川岸で会った男の人達も、その前に会ったおじいさんも同じ様な事言ってた…。
何なの?
森に何かいるの…?


「せやったら、誰が何のためにあないな手紙を俺に送って来たんや?工藤の推理ミスって何なんや!?」
「日原元村長の無理心中の動機は、医者に癌を告知され自暴自棄になった為…」
「えっ?」
「1年前に工藤くんが公表したこの真相が問題だったのよ…」


誰?
このおばさん…。


「私は東都新聞の記者の河内深里。ご免なさいね…。鍵が開いてたからつい中に…」
「で?それのどこが問題やねん?」
「その医者は事件前日に、確かに元村長に癌を告知したと言っていたけど、後日その病院の看護師が口を滑らせたのよ。癌は癌でも良性の腫瘍…。手術すれば完治すると聞いて元村長も喜んでいたとね」
「えっ!?」
「な、何やとぉ!?」


じゃあ新一は、本当に推理ミスしちゃったって事…!?
で、でもそんなの信じられないよ!
だって…だって新一は…。


「おい工藤!どーゆーこっちゃ!説明せぇ!!」
「わ、分からない…。僕には何も、分からないんだ…」
「…」


ただの現実逃避かもしれないけど、目の前で情けない表情で頭を抱え込む新一を見て、この人は本当に新一なの?っていう疑念が益々渦巻いていく。
こんなの、私の知ってる新一じゃない…。
私が好きな新一じゃないよ…。


「村の人は噂してるわ。『やっぱり森に棲むアイツの仕業だったのか』って…」
「あ、あの…」
「ん?」
「さっきも村の人がそれと同じ様な事言ってたのを聞いたんですけど、一体何なんですか?森のアイツって…」
「この土地に伝わる民話ですよ…」
「民話?」
「私も子供の頃、よく唄っていました。森で会ったら目を見るな。逸らさなかったら祟られる。死羅神様の虜にされると…」
「…」


そんな言い伝えがあったんだ…。


「ふん!死羅神様だか何だか知らねぇが、ただの昔話だろーが!」
「確かに。死羅神様の話は、その土地を荒らす者を土地の守り神が懲らしめる、といった類の地方によく伝わる民話でした。9年前、1人の娘さんがこの森で、命を落とすまでは…」


お巡りさん達の話だと、森の番人、死羅神様の怒りに触れて命を落とした少女というのは屋田誠人の妹さんで、水死体で発見されたらしい。
そしてその父親も捜しに入って行方知れず…。
私も小五郎ちゃんと同じ考えだった。
所詮そんなの作り話だって思う、けど…。


「しかしなぁ…。それだけで架空の人物の仕業だと決めつけるのは…」
「わ、私だって信じてなかった…。でも見ちゃったのよ!夕陽で赤く染まった森の木の上で、息を潜め歯をむき出してせせら笑う、あの白髪の化け物を!!」
「えっ…」
「ま、まぁどうせ猿か何かと見間違えたんだろうけど…」
「猿なんかじゃないわ。見たの私だけじゃないし、先週も役場の人が見たって言ってたし…」
「…」


じゃあ、死羅神様って、本当に存在するの…?


「…村長夫妻は、森に入ってしまったから死羅神様に殺されてしまったんですか?」
「村の再開発…」
「再開発?」
「日原村長は、あの森の中に大きな観光施設を建てようとしていたからね…」


だから死羅神様を怒りに触れた、って事…?


「お陰でその計画は白紙。村の英雄でもある日原村長としては、過疎化が進むこの村の事を思っての計画だったようだけど…」
「英雄?」
「あら、知らない?彼は若い頃、オリンピック陸上の日本代表の候補にあがった程の選手だったのよ?」


一体何の選手だったのか気になった私達は、河内さんの案内で、村長さんが使っていた部屋へと向かった。


bkm?

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