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Zauber Karte

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夢の中の私


「俺、卒業したらイギリスに行く」


あの日から、毎晩同じ夢を見る様になった。


「そっか…。新一、ホームズみたいになりたいんだもんね…。私の事は気にしないで頑張って来て!」


夢の中の私は、毎回笑顔を浮かべながら同じセリフを口にする。
すると新一は、嬉しそうに笑って優しく抱き締めてくれる。
たかが夢かもしれないけど、私にとってはその一瞬が、とてつもなく幸せだった。
夢だけど、新一の温もりを感じる事が出来るし、新一の匂いも感じる事が出来るから…。


「あ、優月ちゃん目ぇ覚めた?おはよ!」
「和葉ちゃん…」
「今やっと村の入り口に入ったとこや。まだもう少しかかるみたいやから、眠かったら目閉じててもええで?」
「あ…ありがとう。でも大丈夫、もういっぱい寝たから…」


夢の中での出来事なのに、身体にはしっかりと新一の温もりが残っていた。
…またここで終わっちゃった。
いつもそう。
毎回抱き締められるところで夢が終わり、目覚めた時は虚しさで胸が締め付けられる。
現実とはまるで違った反応をしてる自分と、笑顔で優しく抱き締めてくれる新一。
その笑顔を見るのが嬉しくて、でも苦しくて、悲しくて…。
何で私はこうやって笑顔で言えなかったんだろう。
どうして笑いながら新一の背中を押してあげられなかったんだろうと、目が覚めた後はいつも後悔ばかりしてる。
寝ても覚めてもそんな風に思う毎日で、心身共に疲れを感じてるのは確かだった。


「ほらおっちゃん!もっと車飛ばさんと、着く頃には夜になってまうで!」
「ウルセェ!何だってお前はいつもそんなに偉そうなんだよっ!」


平次くんと小五郎ちゃんの声に俯いてた顔を上げると、窓の外には緑豊かな田舎の風景が広がっていた。


−え?私が平次くん達と東奥穂村に?−
−うん…私の代わりに優月行ってあげてくれない?和葉ちゃん1人じゃコナンくんのお世話大変だし…−


蘭の頼みで行く事にした東奥穂村。
2人きりになったら話し合えるチャンスがあるかもしれないと、淡い期待と不安を胸に車に乗り込んだ。
東奥穂村へと向かう道すがら、私の頭の中は1週間前に降りかかった出来事でいっぱいだった。
あれから新一とは、まともに会話すらしていない。
詳しく聞かなくったって、ホームズオタクの新一が何故ロンドンを選んだのかなんて容易に想像できる。
でも、まさか新一が…って。
組織もやっつけてないのに、どうして?って思いの方が強くて。
急に、暗闇に置いていかれた様な寂しさが襲ってきて…。
毎晩夢にまで出てきたぐらいだもん、相当キてるのかも…。


「優月ちゃんってば!」
「えっ?」
「大丈夫?何や元気無いみたいやけど…。あ、もしかしてコナンくんの風邪移ったんとちゃう?」
「あ…ううん、違うの。ちょっと考え事してただけ…」
「そうなん?ならええけど…」


本当は出掛ける気なんてこれっぽっちも無かった。
でも…。


「げほっ!げほっ!」


熱は無いみたいだけど、この前より咳がひどくなってる新一の体調が心配だったから、こうやってみんなに便乗してついてきた。
それに、小五郎ちゃんと新一が行くところほとんどで事件が起きるんだもん。
万が一新一が熱でダウンしちゃったら、私が役に立つかもしれないし…。


「コナンくんも大丈夫?」
「平気だよ。博士に貰った風邪薬飲んだし…」


がらがら声でそう言いながら和葉ちゃんの膝の上にちょこん、と座るコナンくん。
その構図が珍しいと思う反面、ちょっとだけ胸がチクン、とした。
まぁでも、車に乗った後すぐにバッグで膝の上をガードしたのは私なんだから自業自得なんだけど…。
でも、いつもだったら荷物を退けてまで私の膝の上に座るのにな…。


「でも酷い声やで?やっぱり戻って蘭ちゃんとお留守番してた方が…」
「だーい丈夫やって!そないな風邪、さっきそのガキにくれたった特効薬でじきに治ってまうがな!」
「特効薬…?」
「おい、まさかそれ…。オメーが初めて俺の探偵事務所に来た時に持ってたパイカルって中国酒じゃねぇだろーなぁ?」
「ちゃうちゃう!そんな酒なんかよりもっとよー効くお薬や!のぉ、ボウズ!」


平次くんが新一に何を渡したのかは知らないけど、ロクでも無い物なのは確かだと思う。


「けど大丈夫やろか…。これから会いに行く人、工藤くんに話があるって手紙に書いてたやん。工藤くん連れて行かへんかったらガッカリするんとちゃう?」
「えっ、新一に話って何?」
「何か1年前に工藤くんが解いた殺人事件の推理ミス見つけてもうたから、会うて話したいんやて!」
「せやからその推理ミスっちゅうんを踏まえて一から捜査し直して、俺らで事件の真相きっちり暴いたろっちゅーわけや!」
「…」


新一が、推理ミス…?
東奥穂村での事件なんて、私聞いてない…。


「まぁ、この事工藤にもメールしといたし、ひょっとしたら来るかもしれんのぉ。アイツ、ごっつプライド高そうやしなぁ!」


そう言ってのける平次くんこそ、プライドの塊だと思うんだけど…。


「しかし、そんな手紙が何でお前の所に来るんだよ?」
「そら、俺が工藤の大親友やからに決まっとるやろ!」
「…工藤病め」
「あ?何か言ったか優月?」
「…べっつにー?気にせんといてーな!」
「何やねん自分。けったいな関西弁使いよって…」
「ふん!」


年がら年中、工藤工藤言ってないで早く和葉ちゃんに告白した方がいいんじゃないの?


「あ、そうそう!優月ちゃんに聞きたい事あってん!」
「え?何?」
「蘭ちゃんから聞いたで!工藤くんと仲直りしたんやって?」
「あ、うん…。この前ロンドンに行った時にね…」
「わぁー!良かったやん!ホンマ良かったなぁ優月ちゃん!」
「う、うん…」


でも今その話題はちょっとキツい気が…。


「それにそれに!」
「え?」
「工藤くんから仲直りついでにプロポーズされたんやって?」
「「なっ…!」」


一気に車内の空気が一変した気がした。
まっ、マズいよ…!


「ちょっと和葉ちゃんダメだよ!今ここで言ったら」
「「何ぃ!?」」
「あ…」
「あの探偵坊主がプッ…プロポーズだとぉ!?」
「ほっ、ホンマか工藤!この姉ちゃんにプロポーズしたんか!?」
「ばっ…!」
「ちょっと平次!?何でいっつもコナンくんの事工藤って呼ぶん!?頭おかしなったんとちゃう!?」
「ち、違うわボケェ!ビックリしてもーて思わずこのガキに聞いてもうただけや!」


ほら〜、だから言ったのに…!
こんな事なら蘭に口止めしとけば良かった…。


「ぬぬぬ…あの野郎!今度会ったら許さねぇ!!ぎったんぎったんのバッキバキのグッチャグチャに」
「ちょ、小五郎ちゃん前見て前!」


のどかな田園風景をゆっくり眺める暇も無く、そうこうしてるうちに私たちを乗せた車は東奥穂村役場に到着した。


bkm?

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